・・・雨のため傷められたに相異ないと、長雨のただ一つの功徳に農夫らのいい合った昆虫も、すさまじい勢で発生した。甘藍のまわりにはえぞしろちょうが夥しく飛び廻った。大豆にはくちかきむしの成虫がうざうざするほど集まった。麦類には黒穂の、馬鈴薯にはべと病・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・客と、銑吉との間へ入って腰を掛けた、中でも、脊のひょろりと高い、色の白い美童だが、疳の虫のせいであろう、……優しい眉と、細い目の、ぴりぴりと昆虫の触角のごとく絶えず動くのが、何の級に属するか分らない、折って畳んだ、猟銃の赤なめしの袋に包んだ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・弟が見つけたら、きっとつかまえてしまうだろう、今年の夏は、すばらしい昆虫の標本をつくるのだといっていたから。弟の帰らないうちに、はやく逃げていってしまえばいいにな。」 太郎さんは、こう思いながら、白いゆりの花にとまってみつを吸っているく・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・小説の勉強はまずデッサンからだと言われているが、デッサンとは自然や町の風景や人間の姿態や、動物や昆虫や静物を写生することだと思っているらしく、人間の会話を写生する勉強をする人はすくない。戯曲を勉強した人が案外小説がうまいのは、彼等の書く会話・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・華車な骨に石鹸玉のような薄い羽根を張った、身体の小さい昆虫に、よくあんな高い音が出せるものだと、驚きながら見ていた。その高い音と関係があると言えば、ただその腹から尻尾へかけての伸縮であった。柔毛の密生している、節を持った、その部分は、まるで・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・白く輝いた蜘蛛の糸が弓形に膨らんで幾条も幾条も流れてゆく。昆虫。昆虫。初冬といっても彼らの活動は空に織るようである。日光が樫の梢に染まりはじめる。するとその梢からは白い水蒸気のようなものが立ち騰る。霜が溶けるのだろうか。溶けた霜が蒸発するの・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・二十箇ほどのガス燈が小屋のあちこちにでたらめの間隔をおいて吊され、夜の昆虫どもがそれにひらひらからかっていた。テントの布地が足りなかったのであろう、小屋の天井に十坪ほどのおおきな穴があけっぱなしにされていて、そこから星空が見えるのだ。 ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、昆虫の羽の運動の仕方などがそうである。それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工業経営の状況をフィルムで紹介する事である。動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画は・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・科学者がある物質を強い電場や磁場に置いてみたり、ある昆虫を真空や高圧の中にいれてみたりする。それと同じような意味での実験をした、その実験の結果の報告がこの映画であるというふうにも見られる。あるいは、もう少し厳密にいえば、かりにそういう実験を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ この話を導き出しそうな音の原因に関する自分のはじめの考えは、もしや昆虫かあるいは鳥類の群れが飛び立つ音ではないかと思ってみたが、しかしそれは夜半の事だというし、また魚が釣れなくなるという事が確実とすれば単に空中の音波のためとは考えにく・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
出典:青空文庫