・・・婚礼の席に連なったときや、明け暮れそのなかのいいのを見ていたおれは、ええ、これ、どんな気がしたとおまえは思う」 という声濁りて、痘痕の充てる頬骨高き老顔の酒気を帯びたるに、一眼の盲いたるがいとものすごきものとなりて、拉ぐばかり力を籠めて・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・そして、明け暮れ、なつかしい故郷が慕われたのです。三年たてば、恋しい母や父が、やってくるといったけれど、彼女はどうしても、その日まで待つことはできませんでした。「どうかして、生まれた家へ帰りたいもんだ。」と、彼女は思いました。 しか・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・と、明け暮れ思っていました。 女の乞食は、ふたたび、気ままな体になって、花の咲く野原や、海の見える街道や、若草の茂る小山のふもとなどを、旅したくなったのであります。 女は、柱にかかっている小鳥に目をとめました。その小鳥は、お姫さまが・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・そして明け暮れ、あなたや、みつばちのおたずねくださるのを、どんなにか待っていましたでありましょう。けれど、今日まで、だれも、たずねてはくれませんでした。ほんとうに、ようこそきてくださいました。」と、花はちょうに話しかけました。 すると、・・・ 小川未明 「小さな赤い花」
・・・ こうした荒寥の明け暮れであったのだ。 承久の変の順徳上皇の流され給うた佐渡へ、その順逆の顛倒に憤って立った日蓮が、同じ北条氏によって配流されるというのも運命であった。「彼の島の者ども、因果の理をも弁えぬ荒夷なれば、荒く当りたり・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・童女が、やがて乙女となり、恋になやみ、妻となり、母となって、満ち足りて、ついには輝く銀髪となって、あの高砂の媼と翁のように、安らかに、自然に、天命にゆだねて思うことなく静かにともに生きる――それは尊い明け暮れである。これをこそ浄福というのだ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・頭の悪く、感受性の鈍く、ただ、おれが、おれが、で明け暮れして、そうして一番になりたいだけで、どだい、目的のためには手段を問わないのは、彼ら腕力家の特徴ではあるが、カンシャクみたいなものを起して、おしっこの出たいのを我慢し、中腰になって、彼は・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・「それから船便を求めてあてのない極東の旅を思い立ったが、乗り組んだ船の中にはもうちゃんと一人スパイらしいのが乗っていて、明け暮れに自分を監視しているように思われた。日本へ来ても箱根までこの影のような男がつきまとって来たが、お前のおかげで・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ それらの子供たちが、一年東京に働いた後に健康を害する率の多いことは、既に一般から重大な関心をもって視られているし、工場や雇われ先での明け暮れに稚い若い心の糧の欠乏していることの害悪も、やはり人々を憂えさせている事実である。 昭和十・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
・・・ これからは青草も多く心のままに得られるだろうけれ共雪ばかり明け暮れ降りしきる北の国に定められた臥床もなくて居る時はさぞわびしいだろう。 あんまり自由すぎて育てられた子供の様な気で居るに違いない。 私はこんな事も思った。 そ・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
出典:青空文庫