・・・ その内に思案して、明して相談をして可いと思ったら、謂って見さっせえ、この皺面あ突出して成ることなら素ッ首は要らねえよ。 私あしみじみ可愛くってならねえわ。 それからの、ここに居る分にゃあうっかり外へ出めえよ、実は、」 と声・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 十九 小宮山は早速嗽手水を致して心持もさっぱりしましたが、右左から亭主、女共が問い懸けまする昨晩の様子は、いや、ただお雪がちょいと魘されたばかりだと言って、仔細は明しませんでございました、これは後の事を慮って、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・それである歴史家がいうたに「イギリス人の書いたもので歴史的の叙事、ものを説き明した文体からいえば、カーライルの『フランス革命史』がたぶん一番といってもよいであろう、もし一番でなければ一番のなかに入るべきものである」ということであります。それ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・燃ゆる時は一間のうちしばらく明し。翁の影太く壁に映りて動き、煤けし壁に浮かびいずるは錦絵なり。幸助五六歳のころ妻の百合が里帰りして貰いきしその時粘りつけしまま十年余の月日経ち今は薄墨塗りしようなり、今宵は風なく波音聞こえず。家を繞りてさらさ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・と椅子のことから説明しようと思う。「テーブル」というは粗末な日本机の両脚の下に続台をした品物で、椅子とは足続ぎの下に箱を置いただけのこと。けれども正作はまじめでこの工夫をしたので、学校の先生が日本流の机は衛生に悪いといった言葉をなるほどと感・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・それを今ここで、二言か三言で説明し去るのも、あんまりいい気なもののように思われる。それは私たちの年代の、日本の知識人全部の問題かも知れない。私のこれまでの作品ことごとくを挙げて答えてもなお足りずとする大きい問題かも知れない。 私はサロン・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・女中が部屋の南の障子をあけて、私に気色を説明して呉れた。「あれが初島でございます。むこうにかすんで見えるのが房総の山々でございます。あれが伊豆山。あれが魚見崎。あれが真鶴崎。」「あれはなんです。あのけむりの立っている島は。」私は海の・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・それよりか、身に覚えなき罪科も何の明しの立てようなく哀れ刑場の露と消え……なんテいう方が、何となく東洋的なる固有の残忍非道な思いをさせてかえって痛快ではないか。青山原宿あたりの見掛けばかり門構えの立派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・と津田君は心理学的に人の心を説明してくれる。学者と云うものは頼みもせぬ事を一々説明してくれる者である。「俺の家だと思えばどうか知らんが、てんで俺の家だと思いたくないんだからね。そりゃ名前だけは主人に違いないさ。だから門口にも僕の名刺だけ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・恐らく徳川幕府の時代から、駒込村の一廓で、代々夏の夜をなき明したに違いない夥しい馬追いも、もうあの杉の梢をこぼれる露はすえない事になった。 種々の変遷の間、昔の裏の苺畑の話につれ、白と云う名は時々私共の口に上った。 けれども、以来犬・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
出典:青空文庫