・・・クララはフランシスの明察を何んと感謝していいのか、どう詫びねばならぬかを知らなかった。狂気のような自分の泣き声ばかりがクララの耳にやや暫らくいたましく聞こえた。「わが神、わが凡て」 また長い沈黙がつづいた。フランシスはクララの頭に手・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ございます。ご明察恐れ入ります。」 その時さっきの角のところに立って、あくびをしていた監督が云いました。「どうです。そうでしょう。私は毎日千三十円三十銭だけとって、千三十円だけこの人に納めるのです。」 ネネムが云いました。「・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・溝口氏が益々奥ゆきとリズムとをもって心理描写を行うようになり、ロマンティシズムを語る素材が拡大され、男らしい生きてとして重さ、明察を加えて行ったらば、まことに見ものであると思う。〔一九三七年六月〕・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・けれども、この刻々に変ってゆく一般の情勢のなかで、その変化にひきずられずに変らぬ愛が満たされているためには、全く現実的な周囲の出来事への判断とその理由への明察と、人間生活の真の成長への評価を見失わない堅忍や行動が、求められていると思う。今日・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・世界文化の水平線の上に露わされている旧日本文化の後進性とその深い由来とをきわめつくし、その努力を足場として前進して行く明察と勇気との中にこそ新日本文学の端緒が期待されるのである。〔一九四五年十月〕・・・ 宮本百合子 「新日本文学の端緒」
・・・ 公然と条理をもって、しかも人間的機智と明察をもって、どこまでもユーモラスに、だが誰憚らぬ正気な状態において諷刺文学がありうる処と時代に、スカートの中を下からのぞくようなゲラゲラ笑いが、笑う人間の心を晴やかにするとは思われない。自分たち・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・今日の読者は、一人の筆者においてあらわれるこのような或る種の矛盾に対して、文化的明察の敏感性をもたなければならないと思う。そのような矛盾のよって来るところを我が文化の当面している問題として考える力をもたなければならないのだと思う。 民族・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
出典:青空文庫