・・・そうしてこの結論は、特に実業界などに志す一部の青年の間には、さらにいっそう明晰になっている。曰く、「国家は帝国主義でもって日に増し強大になっていく。誠にけっこうなことだ。だから我々もよろしくその真似をしなければならぬ。正義だの、人道だのとい・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・彼の言は、明晰に、口吃しつつも流暢沈着であった。この独白に対して、汽車の轟は、一種のオオケストラを聞くがごときものであった。 停車場に着くと、湧返ったその混雑さ。 羽織、袴、白襟、紋着、迎いの人数がずらりと並ぶ、礼服を着た一揆を思え・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・それに対して、お誓の処女づくって、血の清澄明晰な風情に、何となく上等の神巫の麗女の面影が立つ。 ――われ知らず、銑吉のかくれた意識に、おのずから、毒虫の毒から救われた、うつくしい神巫の影が映るのであろう。―― おお美わしのおとめよ、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・六十三という条、実はマダ還暦で、永眠する数日前までも頭脳は明晰で、息の通う間は一行でも余計に書残したいというほど元気旺勃としていた精力家の易簀は希望に輝く青年の死を哀むと同様な限りない恨事である。・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・しかも物理学上の明晰なる理だよ。イイカネ、例に挙げたものを能く能く考えて貰いたいのサ。ひとつもこの原則に撞着矛盾するものはない。ソコデ何故に物はかく螺線的運動をするのだというのが是非起る大疑問サ。僕がこの疑問に向ッて与うる説明は易々たるもの・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・ 生まれてはじめて見た人形芝居一夕のアドヴェンチュアのあとでのこれらの感想のくどくどしい言葉は、結局十歳の亀さんや、試写会における児童の端的で明晰なリマークに及ばざることはなはだ遠いようである。文楽や歌舞伎に精通した一部の読者の叱責ある・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・それが電車の中で隣席に腰かけていて、そうして明晰に爽快なドイツ語でゆっくりゆっくり自分に分かるように話してくれるのである。その話が実に面白い。哲学の講義のようでもあり、また最も実用的な処世訓のようでもあり、どうかするとまた相対性理論や非ユー・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・清少納言から西鶴を通じて現代へ流れて来ている一つの流れの途中の一つの淀みのようなものに過ぎないかもしれないが、しかし、兼好法師という人の頭がかなりこういう分析にかけて明晰であったこともたしかであろうと思われる。 迷信に関する第九十一段な・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・また一方無学ではあるが女には珍しい明晰なあたまと鋭い観察の目をもっていた。だれでもかまわず無作法にじっと人の顔を見つめる癖があった、その様子が相手の目の中からその人の心の奥の奥まで見通そうとするようであった。実際彼女にはそういう不思議な能力・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・プランクの講義も言葉が明晰で爽やかで聞取りやすい方であった。第一回の講義の始めに、人間本位の立場から物理学を解放すべきことや物理的世界像の単一性などに関する先生の哲学の一とくさりを聞かせた。綺麗に禿げ上がった広い額が眼について離れなかった。・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
出典:青空文庫