・・・林の明暗いろいろの緑。それに生徒はみんな新鮮だ。そしてそうだ、向うの崖の黒いのはあれだ、明らかにあの黒曜石の dyke だ。ここからこんなにはっきり見えるとは思わなかったぞ。よしうまい。〔向うの崖をごらんなさい。黒くて少し浮き出・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・漱石が生涯の最後に「明暗」をかきながら、自分の文学のリアリズムに息がつまって、午前中小説をかけば午後は小説をかくよりももっと熱中して南画をかき、空想の山河に休んだということは、何故漱石のリアリズムが彼を窒息させたかという文学上の問題をおいて・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・芸術の素質として民族に特有なものは、いつも具体的であって、それがさけることが出来ない歴史の波、社会の発展の段階の明暗を映していることが、十分芸術家の生活感情として把握されなければならないのだろう。 音楽の歴史と諷刺のことも何となく知りた・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・自分の行動、感情のいろいろを、ますます自分にはっきりした責任あるものとさせながら、そのような自分の行動、感情の明暗にかかわってきている社会的なものを見て、ひとの生きてゆく有様にも一層深い真情にふれた理解と興味とを抱き得るように成長してゆくこ・・・ 宮本百合子 「女の自分」
・・・都会人らしい――それも町家の――心持に教養の加った気分で生活している間に、ひょい、ひょいと人生の明暗に触れる。そこにあの静かな少し淋しいようなユーモアが生じる。網野さんの芸術には勿論他に種々の要素があるとしても、この点はかなり主な独自性の一・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ケーテはモデルへつきない同感を、リアリスティックなつよい線と明暗とで、確り感傷なく描き出して、忘れ難い人生の場面は到るところに在るということを示しているのである。 世界の美術史には、これまでに何人かの傑れた婦人画家たちの名が記されている・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
新築地の「建設の明暗」はきっと誰にとっても終りまですらりと観られた芝居であったろうと思う。 廃れてゆく南部鉄瓶工の名人肌の親方新耕堂久作が、古風な職人気質の愛着と意地とをこれまで自分の命をうちこんで来た鉄瓶作りに傾けて・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・書かれた人生の色彩濃い物語りであり、同時によしや現代がいかようであろうとも、そこを生きる我々は、歴史の明暗の全面に全心をもってふれ、希望をまもり、生きぬくことで悲傷さえも人類の宝となし得る人間の豊富さに達したいという切な願いを覚えさせる本な・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・最後の作「明暗」は、ただ現象ばかり追っかけるリアリズムでは現実を芸術として再現することさえ不可能であるということを示している。 漱石は、今日の歴史から顧みれば、多くの限界の見える作家であるが、知識人の独立性、自主性を主張することにおいて・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・ この動的な生活感情の明暗の推移を、昔の日本人は、人間の心のはかなさと見た。現代の人はそうは見ていない。しかし、感覚的なものとして過ぎてゆく性質の幸福感が、何かそのひとの生活力の一部にまで摂取され、何かその人をささえる生活上の確乎とした・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
出典:青空文庫