・・・やがて寝に就いてからも、「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝は早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」 独口ききつつ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・私もじつは前後の考えなしにここへ飛びこんだものの、明朝になればさっそく払いに困らねばならぬ。この地へ着くまでに身辺のものはすっかり売りつくして、今はもう袷とシャツと兵児帯と、真の着のみ着のまま。そして懐に残っているのは五厘銅貨ただ一つだ。明・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 病勢がこんなになるまでの間、吉田はこれを人並みの流行性感冒のように思って、またしても「明朝はもう少しよくなっているかもしれない」と思ってはその期待に裏切られたり、今日こそは医者を頼もうかと思ってはむだに辛抱をしたり、いつまでもひどい息・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・余は家のこと母のこと心にかかれば、二郎とは明朝を期して別れぬ。 家には事なかりき。しばし母上と二郎が幸なき事ども語り合いしが母上、恋ほどはかなきものはあらじと顔そむけたもうをわれ、あらず女ほど頼み難きはなしと真顔にて言いかえしぬ。こは世・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ やや行き過ぎて若者の一人、いつもながら源叔父の今宵の様はいかに、若き女あの顔を見なばそのまま気絶やせんと囁けば相手は、明朝あの松が枝に翁の足のさがれるを見出さんもしれずという、二人は身の毛のよだつを覚えて振向けば翁が門にはもはや燈火見・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 自分の寝静まるのを待って、お政はひそかに箪笥からこの帯を引出し、明朝早くこれを質屋に持込んで母への金を作る積と思い当った時、自分は我知らず涙が頬を流れるのを拭き得なかった。 自分はそのまま帯を風呂敷に包んで元の所に置き、寝間に還っ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「ハア、あの五週間の欠勤届の期限が最早きれたから何とか為さらないと善けないッて、平岡さんが、是非今日私に貴姉のことを聞いて呉れろッて、……明朝は私が午前出だもんだから……」「成程そうですねェ、真実に私は困まッちまッたねエ、五週間! ・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・これから手紙を持たしてやって、電話じゃアだめだよ、そして明朝午前八時までに御来車を仰ぐとでもしておこう。」「よし、手紙をすぐ持たしてやろう」と大森は巻き紙をとってすらすらと書きだした。その間に客は取り散らしてあった書類を丁寧に取りそろえ・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・ほほ。明朝すぐに引越しますよ。敷金はそのおり、ごあいさつかたがた持ってあがりましょうね。いけないでしょうかしら?」 こんな工合いである。いけないとは言えないだろう。それに僕は、ひとの言葉をそのままに信ずる主義である。だまされたなら、それ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・私は再び、さむらいの姿勢にかえって、女中さんに蒲団をひかせ、すぐに寝た。明朝は、相川へ行ってみるつもりである。夜半、ふと眼がさめた。ああ、佐渡だ、と思った。波の音が、どぶんどぶんと聞える。遠い孤島の宿屋に、いま寝ているのだという感じがはっき・・・ 太宰治 「佐渡」
出典:青空文庫