・・・いや、明滅する星の光は我我と同じ感情を表わしているようにも思われるのである。この点でも詩人は何ものよりも先に高々と真理をうたい上げた。真砂なす数なき星のその中に吾に向ひて光る星あり しかし星も我我のように流転を閲すると云うこ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・まぶしい光に明滅して十字架にかかった基督の姿が厳かに見やられた。クララは有頂天になった。全身はかつて覚えのない苦しい快い感覚に木の葉の如くおののいた。喉も裂け破れる一声に、全身にはり満ちた力を搾り切ろうとするような瞬間が来た。その瞬間にクラ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・普通は、本堂に、香華の花と、香の匂と明滅する処に、章魚胡坐で構えていて、おどかして言えば、海坊主の坐禅のごとし。……辻の地蔵尊の涎掛をはぎ合わせたような蒲団が敷いてある。ところを、大木魚の下に、ヒヤリと目に涼しい、薄色の、一目見て紛う方なき・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・京伝馬琴以後落寞として膏の燼きた燈火のように明滅していた当時の小説界も龍渓鉄腸らのシロウトに新らしい油を注ぎ込まれたが、生残った戯作者の遺物どもは法燈再び赫灼として輝くを見ても古い戯作の頭ではどう做ようもなく、空しく伝統の圏内に彷徨して指を・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 私は近くの沖にゆっくり明滅している廻転燈台の火を眺めながら、永い絵巻のような夜の終わりを感じていた。舷の触れ合う音、とも綱の張る音、睡たげな船の灯、すべてが暗く静かにそして内輪で、柔やかな感傷を誘った。どこかに捜して宿をとろうか、それ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・げに相模湾を隔てて、一点二点の火、鬼火かと怪しまるるばかり、明滅し、動揺せり。これまさしく伊豆の山人、野火を放ちしなり。冬の旅人の日暮れて途遠きを思う時、遥かに望みて泣くはげにこの火なり。 伊豆の山燃ゆ、伊豆の山燃ゆと、童ら節おもしろく・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・どんな具合でここへ漂って来まいものでもない、』など思いつづけて坂の上まで来て下町の方を見下ろすと、夜は暗く霧は重く、ちょうどはてのない沼のようでところどころに光る燈火が燐の燃えるように怪しい光を放ちて明滅していた。『彼人とはだれのことか・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・こへこうかけて置こうと、よどみなく告白しながら、その帯をきちんと畳んで、背後の樹木に垂れかけ、私たちは、たいへんやわらかな、おっとりした気持ちで、おとなしく話し合い、それから、城ヶ島とおぼしきあたり、明滅する燈台の灯を眺めていました。どんな・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・しかしその時はそれきりで、何を考えたという事さえ忘れてしまっていたが、その後二三日たったある日の夕方、駿河台下まで散歩していた時に、とある屋根の上に明滅している仁丹の広告を見るとまた突然この同じ文字が頭の中に照らし出された。あの広告のイルミ・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・器械の機構を何も知らないものの眼で見ていると、その豆電燈の明滅が何を意味するのか全く見当がつかない。ただ全く偶然な蛍火の明滅としか思われないであろう。しかし、この機構の背後には色々の人間がさまざまの用談をし取引を進行させており、あらゆる思惟・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫