・・・時々ぽつりと来るのは――樹立は暗いほどだけれど、その雫ばかりではなさそうで、鎮守の明神の石段は、わくら葉の散ったのが、一つ一つ皆蟹になりそうに見えるまで、濡々と森の梢を潜って、直線に高い。その途中、処々夏草の茂りに蔽われたのに、雲の影が映っ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・(森の祠の、金勢明神 話に聞いた振袖新造が――台のものあらしといって、大びけ過ぎに女郎屋の廊下へ出ましたと――狸に抱かれたような声を出して、夢中で小一町駆出しましたが、振向いても、立って待っても、影も形も見えませ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ ――家、いやその長屋は、妻恋坂下――明神の崖うらの穴路地で、二階に一室の古屋だったが、物干ばかりが新しく突立っていたという。―― これを聞いて、かねて、知っていたせいであろう。おかしな事には、いま私たちが寄凭るばかりにしている、こ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
一 白鷺明神の祠へ――一緑の森をその峰に仰いで、小県銑吉がいざ詣でようとすると、案内に立ちそうな村の爺さんが少なからず難色を顕わした。 この爺さんは、「――おらが口で、更めていうではねえがなす、・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「お前様、それにの、鷺はの、明神様のおつかわしめだよ、白鷺明神というだでね。」「ああ、そうか、あの向うの山のお堂だね。」「余り人の行く処でねえでね。道も大儀だ。」 と、なぜか中を隔てるように、さし覗く小県の目の前で、頭を振っ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・果してしからば、我が可懐しき明神の山の木菟のごとく、その耳を光らし、その眼を丸くして、本朝の鬼のために、形を蔽う影の霧を払って鳴かざるべからず。 この類なおあまたあり。しかれども三三に、…………曾て茸を採りに入りし者、白望の山奥・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ら、うっかり口に出そうな挨拶を、唇で噛留めて、心着くと、いつの間にか、足もやや近づいて、帽子に手を掛けていた極の悪さに、背を向けて立直ると、雲低く、下谷、神田の屋根一面、雨も霞も漲って濁った裡に、神田明神の森が見える。 と、緋縮緬の女が・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・随って手洗い所が一番群集するので、喜兵衛は思附いて浅草の観音を初め深川の不動や神田の明神や柳島の妙見や、その頃流行った諸方の神仏の手洗い所へ矢車の家紋と馬喰町軽焼淡島屋の名を染め抜いた手拭を納めた。納め手拭はいつ頃から初まったか知らぬが、少・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ そう云いながらゴロゴロしていたが、やがて節分の夜がくると、明神様の豆まきが見たく、たまりかねてこっそり抜け出した。ところが明神様の帰り、しるこ屋へ寄って、戻って来ると、家の戸が閉っていた。戸を敲いてみたが、咳ばらいが聴えるだけで返事が・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・ 道二つに岐れて左の方に入れば、頻都廬、賽河原、地蔵尊、見る目、かぐ鼻、三途川の姥石、白髭明神、恵比須、三宝荒神、大黒天、弁才天、十五童子などいうものあり。およそ一町あまりにして途窮まりて後戻りし、一度旧の処に至りてまた右に進めば、幅二・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫