・・・ ああわが最愛の友よ(妹ドラ嬢を指、汝今われと共にこの清泉の岸に立つ、われは汝の声音中にわが昔日の心語を聞き、汝の驚喜して閃く所の眼光裡にわが昔日の快心を読むなり。ああ! われをしてしばしなりとも汝においてわが昔日を観取せしめよ、わが最・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 先生の気焔は益々昂まって、例の昔日譚が出て、今の侯伯子男を片端から罵倒し初めたが、村長は折を見て辞し去った。校長は先生が喋舌り疲ぶれ酔い倒れるまで辛棒して気きえんの的となっていた。帰える時梅子は玄関まで送って出たが校長何となくにこつい・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・野良仕事にも、夜なべにも昔日のように精が出なくなった。 債鬼のために、先祖伝来の田地を取られた時にも、おしかはもう愚痴をこぼさなかった。清三は卒業後、両人があてにしていた程の金を儲けもしなければ、送ってくれもしなかった。が、おしかは不服・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・どこか昔日の力士逆鉾を思い出させるものがある。 最初の出合いで電光のごときベーアの一撃にカルネラの巨躯がよろめいた。しかし第三回あたりからは、自分の予想に反して、ベーアはだいたいにおいて常に守勢を維持してばかりいるように見えた。カルネラ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ところが、今このガンスの作品を見て昔日のこの感じを新たにするような気がした。主役をつとめるノバリーク兄弟とその敵役ショーンブルクの相貌もこの一種特別な感じを強めるもののように思われた。しかもそれらの顔のクローズアップのむしろ頻繁な繰り返しは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・爾シテ花街ハ其ノ三分ノ一ニ居ル。昔日ハ即根津権現ノ社内ニシテ而モ久古ノ柳巷ナリ。卒ニ天保ノ改革ニ当ツテ永ク廃斥セラル。然レドモ猶有縁ノ地タルヲモツテ、吉原回禄ノ災ニ罹ル毎ニ、権ク爰ニ仮肆ヲ設ケテ一時ノ栄ヲ取ルコト也最数回ナリ。其ノ後慶応年間・・・ 永井荷風 「上野」
・・・と唱われていたほどであったのが、嘉永三年の頃には既に閉店し、対岸山谷堀の入口なる川口屋お直の店のみなお昔日に変らず繁昌していたことが知られる。 川口屋の女主お直というは吉原の芸妓であったが、酒楼川口屋を開いて後天保七年に隅田堤に楓樹を植・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・智力発達せずして品行の賤しきは、士君子の罪というべし。昔日鎖国の世なれば、これらの諸件に欠点あるも、ただ一国内に止まり、天に対し同国人に対しての罪なりしもの、今日にありては、天に対し同国人に対し、かねてまた外国人に対して体面を失し、その結局・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 今日は時勢もちがい、かかる奇話あるべきようもなしといえども、もしも幸にして学事会の設立もあらば、その権力は昔日の林家の如くならんこと、我が輩の祈るところなり。また、学事会なるものが、かく文事の一方について全権を有するその代りには、これ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ただしその品行の厳と風致の正雅とに至ては、未だ昔日の上士に及ばざるもの尠なからずといえども、概してこれを見れば品行の上進といわざるを得ず。 これに反して上士は古より藩中無敵の好地位を占るが為に、漸次に惰弱に陥るは必然の勢、二、三十年以来・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫