・・・ 国亡びて栄えたのは闇屋と婦人だが、闇屋にも老訓導のような哀れなのがあり、握り飯一つで春をひさぐ女もいるという。やはり栄えた筆頭は芸者に止めをさすのかと呟いた途端に、私は今宮の十銭芸者の話を聯想したが、同時にその話を教えてくれた「ダイス・・・ 織田作之助 「世相」
さて、明治の御代もいや栄えて、あの時分はおもしろかったなどと、学校時代の事を語り合う事のできる紳士がたくさんできました。 落ち合うごとに、いろいろの話が出ます。何度となく繰り返されます。繰り返しても繰り返しても飽くを知・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・されど路傍なる梅の老木のみはますます栄えて年々、花咲き、うまき実を結べば、道ゆく旅客らはちぎりて食い、その渇きし喉をうるおしけり。されどたれありて、この梅をここにまきし少女のこの世にありしや否やを知らず。・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・これはいかにも常識的なイギリスに栄えそうな倫理学である。しかし幸福説は道徳的意識の深みと先験性とをどうしても説明し得ない。それは量的に拡がり得るが質的のインテンシチイにおいてはなはだ足らず、心奥の神秘を探究するのにいかにも竿が短かい。幸福主・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 第一には何故正しく、名分あるものが落魄して、不義にして、名正しからざるものが栄えて権をとるかということであった。 日蓮の立ち上った動機を考えるものが忘れてならないのは承久の変である。この日本の国体の順逆を犯した不祥の事変は日蓮の生・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・中古の頃この宮居のいと栄えさせたまいしより大宮郷というここの称えも出で来りしなるべく、古くは中村郷といいしとおぼしく、『和名抄』に見えたるそのとなえ今も大宮の内の小名に残れりという。この祠の祭の行わるるときは、御花圃とよぶところにて口々に歌・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・実際に是の如き公私の中間者の発生は、栄え行こうとする大きな活気ある町には必要から生じたものであって、しかも猫の眼の様にかわる領主の奉行、――人民をただ納税義務者とのみ見做して居る位に過ぎぬ戦乱の世の奉行なんどよりは、此の公私中間者の方が、何・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・を同伴の男が助け上げ今日観た芝居咄を座興とするに俊雄も少々の応答えが出来夜深くならぬ間と心むずつけども同伴の男が容易に立つ気色なければ大吉が三十年来これを商標と磨いたる額の瓶のごとく輝るを気にしながら栄えぬものは浮世の義理と辛防したるがわが・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・夕焼けに映えて森が真赤に燃えていました。汽車がとまって、そこは仙台駅でした。「失礼します。お嬢ちゃん、さようなら。」 女のひとは、そう言って私のところの窓からさっさと降りてゆきました。 私も妻も、一言も何もお礼を言うひまが、なか・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・聖賢の道を究め、学んで而して時に之を習っても、遠方から福音の訪れ来る気配はさらに無く、毎日毎日、忍び難い侮辱ばかり受けて、大勇猛心を起して郷試に応じても無慙の失敗をするし、この世には鉄面皮の悪人ばかり栄えて、乃公の如き気の弱い貧書生は永遠の・・・ 太宰治 「竹青」
出典:青空文庫