・・・いわゆる文壇餓殍ありで、惨憺極る有様であったが、この時に当って春陽堂は鉄道小説、一名探偵小説を出して、一面飢えたる文士を救い、一面渇ける読者を医した。探偵小説は百頁から百五十頁一冊の単行本で、原稿料は十円に十五円、僕達はまだ容易にその恩典に・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・給仕女に名刺を持たせてお話をしたい事があるからと言って寄越す人が多い時には一夜に三四人も出て来るようになった。春陽堂と改造社との両書肆が相競って全集一円本刊行の広告を出す頃になると、そういう一面識もない人で僕と共に盃を挙げようというものがい・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・電話にて春陽堂へ『文学論評』の送付を促がす。売切の由答あり。二十五六日頃再版出来のよし」などと文化史的な興味深い記述の最後に「八重子『鳩公の話』といふ小説をよこす。出来よろし。虚子に送附」と書かれている。 ホトトギスに、その小説は掲載さ・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・ 春陽堂文庫に訳されているアルフォンス・ドーデの小説「ちび公」は苦難な少年の成長の過程を物語って私たちの心をうった物語である。南フランスから出て来たドーデが巴里でそのような可憐ないくつかの小説を書きはじめた時分、小さな一人の男の子が書斎・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・『新小説』だとか、春陽堂から出ている『文芸倶楽部』とか――後には大変通俗的になったけれども、露伴だとか一流の作家たちも当時は『文芸倶楽部』なんかに書いたわけです。その頃婦人作家が擡頭して大塚楠緒子とかいろいろな人がいて、やはり芸術的な力では・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・さてその前後左右に綺羅星の如くに居並んでいる人々は、遠目の事ゆえ善くは見えぬが、春陽堂の新小説の宙外、日就社の読売新聞の抱月などという際立った性格のある頭が、肱を張って控えて居るだけは明かに見える。此等は随分博文館の天下をも争いかねぬ面魂で・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫