・・・ 春霞たなびく野辺といえどもわが家ののどけさには及ぶまじく候 ここに父上の祖父様らしくなられ候に引き換えて母上はますます元気よろしくことに近ごろは『ワッペウさん』というあだ名まで取られ候て、折り折り『おしゃべり』と衝突なされ候ことこれま・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・始めよりかれが恋の春霞たなびく野辺のごとかるべしとは期せざりしもまたかくまでに物さびしく物悲しきありさまになりゆくべしとは青年今さらのように感じたり。 かれに恋人あり、松本治子とて、かれが二十二の時ゆくりなく相見て間もなく相思うの人とな・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・魚容は気抜けの余りくらくら眩暈して、それでも尚、この場所から立ち去る事が出来ず、廟の廊下に腰をおろして、春霞に煙る湖面を眺めてただやたらに溜息をつき、「ええ、二度も続けて落第して、何の面目があっておめおめ故郷に帰られよう。生きて甲斐ない身の・・・ 太宰治 「竹青」
出典:青空文庫