・・・「今日はだいぶしゃれてるじゃないか」「昨夕もこの服装ですよ。夜だからわからなかったんでしょう」 自分はまた黙った。それからまたこんな会話を二、三度取りかわしたが、いつでもそのあいだに妙な穴ができた。自分はこの穴を故意にこしらえて・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・帰りに台所へ廻って、戸棚を明けて、昨夕三重吉の買って来てくれた粟の袋を出して、餌壺の中へ餌を入れて、もう一つには水を一杯入れて、また書斎の縁側へ出た。 三重吉は用意周到な男で、昨夕叮嚀に餌をやる時の心得を説明して行った。その説によると、・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ 家の普請や白木の目立った種は昨夕、エッチの処で或る人が豪奢な建築をし白木ばかりで木目の美を見せる一室を特に拵えたと云う話を聞いた。それに違いない。海岸は、矢張りその時話し合った鎌倉のことと感動して聴いたストウニー・アイランドの影響だろ・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・電話口に出て見ると、母の声で、祖母が四五日前から腸をこわし、昨夕から看護婦をつけている。見舞いに来るように、ということだった。――電話を切りながら、安心のような不安心なような不確な心持になった。母自身もどの程度まで大事に考えてよいのか見当の・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 藍子は簡単に昨夕の出来ごとを話し、「どうも一足でも東京を出ないうちは、虫が納まらないらしい」と苦笑した。「いや、いい気候ですからな、誰だって遊びたいですよ。まして貴女は旅行好きだから」 去年の、やはり五月、藍子が五日程・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫