・・・あとは昼前の通りへ清さんも藁を持ってやってきた。清さんがきて見れば、もうおとよさんのうわさもできない。おはまを相手に政さんがらちもなき事をしゃべってにぎやかしてる。省作は考えまいとしても、どうしても考えられてならない。考えてると人にそう思わ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・予は一刻も早く此に居る苦痛を脱したく思うのだが、今日昼前に渋川がくるかも知れないと思うままに、今暫くと思いながら、心にもない事を云ってる。こんな時に画幅など見たって何の興味があろう。岡村が持って来た清朝人の画を三幅程見たがつまらぬものばかり・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 昨日は雨とメーデーで闇市もさびれたが、今日の闇市はまだ昼前だというのに、ぞろぞろと雑踏していた。 揉まれるようにして、歩いていると、「大将! 靴みがきまひょか」 二人の少年から同時に声を掛けられた。 二人は顔が似ていた・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 中 佐伯の子弟が語学の師を桂港の波止場に送りし年も暮れて翌年一月の末、ある日源叔父は所用ありて昼前より城下に出でたり。 大空曇りて雪降らんとす。雪はこの地に稀なり、その日の寒さ推して知らる。山村水廓の民、河より・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・九時十時あるいは十一時から始まる大学の講義を聞きにウンテル・デン・リンデン近くまで電車で出かける。昼前の講義が終わって近所で食事をするのであるが、朝食が少量で昼飯がおそく、またドイツ人のように昼前の「おやつ」をしないわれらにはかなり空腹であ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・毎日昼前に母から注意されていやいやながら出て行く。裏の小川には美しい藻が澄んだ水底にうねりを打って揺れている。その間を小鮒の群れが白い腹を光らせて時々通る。子供らが丸裸の背や胸に泥を塗っては小川へはいってボチャボチャやってい・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ ある日曜日の朝顕著な不連続線が東京附近を通過していると見えて、生温かい狂風が軒を揺がし、大粒の雨が断続して物凄い天候であった。昼前に銀座まで出掛けたら諸所の店前の立看板などが吹き飛ばされ、傘を折られて困っている人も少なくなかった。日本・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ 未だお昼前だのに来る人の有ろう筈もなしと思うと昨日大森の家へ行って仕舞ったK子が居て呉れたらと云う気持が一杯になる。 いつ呼んでも来て呉れる心安い、明けっぱなしで居られる友達の有難味を、離れるとしみじみと感じる。 彼の人が来れ・・・ 宮本百合子 「秋風」
一 ある雨の降る日、私は友人を郊外の家に訪ねて昼前から夜まで話し込んだ。遅くなったのでもう帰ろうと思いながら、新しく出た話に引っ張られてつい立つことを忘れていた。ふと気づいて時計を見ると、自分が乗ることにきめていた新橋発の汽車の・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫