・・・ 昼餉を食うて出よとすると偶然秀真が来たから、これをもそそのかして、車を並べて出た。自分はわざと二人乗の車にひとり横に乗った。 今年になって始めての外出だから嬉しくてたまらない。右左をきょろきょろ見まわして、見えるほどのものは一々見・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・午後三時頃、私は一仕事しまって、おそい昼食を独りでとって居た。玄関の格子が開く音がした。そして、良人が帰って来たらしい。出迎えた女中が、「まあ、旦那様」と、驚きの声をあげ、やがて笑い乍ら、「何でございましょう!」・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・十七の女中と、閑静な昼食をたべた。――今頃、Yはどの辺だろう。汽車の中は今日のような天気では蒸すだろう。Yは神経質故、昨夜よく眠れなかった由……「Yさん、きっと眠がって居らっしゃるよ今頃――」 読みかけて居た本など、いきなりバタリと・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ で、二人とも学校の時は、勿論昼食は外ですませます。学校の中に、学生や先生のために、便利で健康的な食堂が出来ていて、廉価に滋養のあるランチが得られます。食後、暫く構内の散歩をし、誘い合って帰宅する時間まで、三時間なり四時間なり又研究を続・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・中略「彼等は午前に一二時間の講義に出席し、昼食後は戸外の運動に二三時間を消し、茶の刻限には相互に訪問し、夕食にはコレヂに行きて大衆と会食す。」とそして、そのような生活は漱石にとって「費用の点に於て、時間の点に於て又性格に於て、迚も調和出来な・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 昼食をしないために朝から家を出た。天気の悪い日には、焼跡の原に向った一つの廃墟の広大な地下室の中に坐っていた。そこでは野良犬や野良猫が生きて、死んでゆき、それらの犬猫の死骸の臭いが、雨や風の音の下で漂っている。 飢えないためにゴー・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・今日、昼食を食べて煙草を吸っていると、不意に松崎が上って来た。「やあ、どうです、やってますね」 編輯員の誰彼に愛嬌を振りまきつつ、彼はジェルテルスキーの机の横へ椅子を引張って来た。「大分暖いですね、今日は。奥さんお達者ですか? ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・須坂にて昼餉食べて、乗りきたりし車を山田まで継がせんとせしに、辞みていう、これよりは路嶮しく、牛馬ならでは通いがたし。偶牛挽きて山田へ帰る翁ありて、牛の背借さんという。これに騎りて須坂を出ず。足指漸く仰ぎて、遂につづらおりなる山道に入りぬ。・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・ 或日、昼餉を終えると親は顎を撫でながら剃刀を取り出した。吉は湯を呑んでいた。「誰だ、この剃刀をぼろぼろにしたのは。」 父親は剃刀の刃をすかして見てから、紙の端を二つに折って切ってみた。が、少し引っかかった。父の顔は嶮しくなった・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・はナンキン町のシナ料理をわりによく知っていたので、そこへ案内しようかと思ったが、しかし文人画を見せてもらう交渉をまだしていないことがさすがに気にかかり、馬車道の近くの日盛楼という西洋料理屋へはいって、昼食をあつらえるとすぐ三渓園へ電話をかけ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫