・・・また船底枕の横腹に懐中鏡を立掛けて、かかる場合に用意する黄楊の小櫛を取って先ず二、三度、枕のとがなる鬢の後毛を掻き上げた後は、捻るように前身をそらして、櫛の背を歯に銜え、両手を高く、長襦袢の袖口はこの時下へと滑ってその二の腕の奥にもし入黒子・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・その時下の方でいい声で歌うのをききました。「赤いてながのくぅも、 天のちかくをはいまわり、 スルスル光のいとをはき、 きぃらりきぃらり巣をかける。」 見るとそれはきれいな女の蜘蛛でした。「ここへおいで。」と手長の蜘蛛・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・調帯も、万一はずれた時下で働いている者に怪我させそうな場所は鉄板の覆いがかかっている。 更衣所で、男の着る作業服に着かえ、足先を麻の布でくるんで膝までの長靴をはいた。すっぽり作業帽をかぶって待っていると、自分も作業服にかえてドミトロフ君・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
出典:青空文庫