・・・この時日は西に入りぬ。 評議の事定まりけん、童らは思い思いに波打ぎわを駈けめぐりはじめぬ。入江の端より端へと、おのがじし、見るが間に分れ散れり。潮遠く引きさりしあとに残るは朽ちたる板、縁欠けたる椀、竹の片、木の片、柄の折れし柄杓などのい・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・この身仕度は少しく苦笑の仕草に似たれども、老生の上顎は御承知の如く総入歯にて、之を作るに二箇月の時日と三百円の大金を掛申候ものに御座候えば、ただいま松の木の怪腕と格闘して破損などの憂目を見てはたまらぬという冷静の思慮を以てまず入歯をはずし路・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・京都見物を一定時日の間に最も有効にしようというには適当な案内者あるいはこれに代るべき案内書があると便利である。そうでないと往々重要なものを見落す虞がある。近頃流行る高山旅行などではなおさらである。案内人なしにいい加減な道を歩いていると道に迷・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかし、航海の頻繁なところであるから潮の調査は非常に必要なので、海軍の水路部などでは沢山な費用と時日を費やしてこれを調べておられます。東京辺と四国の南側の海岸とでは満潮の時刻は一時間くらいしか違わないし、満干の高さもそんなに違いませんが、四・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう云ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなことを云うのはひどい。」 すると、学者の方では「それはもう十年も二十年も前にとうに警・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・それで読者のうちで過去あるいは将来に類似の現象を実見された場合には、その時日、継続時間、降水の形態等についての記述を、最寄りの測候所なり気象台なり、あるいは専門家なりへ送ってやるだけの労を惜しまないようにお願いしたい。 これらの天象につ・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・気候学者はこういう現象の起こった時日を歳々に記録している。そのような記録は農業その他に参考になる。 たとえばある庭のある桜の開花する日を調べてみると、もちろん特別な年もあるが大概はある四五日ぐらいの範囲内にあるのが通例である。これはなん・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・第二次第三次と進むには多大の努力と時日とを要する事は云うまでもない。これも学問を応用しようとする学者と、応用の結果を期待する世間とを離間する誤解の原因であろうと思う。 眼前の小利害にのみ齷齪せず、真に殖産工業の発達を計り、世界の進歩に後・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・地下に水が廻る時日が長い。人知れず働く犠牲の数が入る。犠牲、実に多くの犠牲を要する。日露の握手を来すために幾万の血が流れたか。彼らは犠牲である。しかしながら犠牲の種類も一ではない。自ら進んで自己を進歩の祭壇に提供する犠牲もある。――新式の吉・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・長煙管で灰吹の筒を叩く音、団扇で蚊を追う響、木の橋をわたる下駄の音、これらの物音はわれわれが子供の時日々耳にきき馴れたもので、そして今は永遠に返り来ることなく、日本の国土からは消去ってしまったものである。 英国人サー・アーノルドの漫遊記・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫