・・・ かつまた当時は塞外の馬の必死に交尾を求めながら、縦横に駈けまわる時期である。して見れば彼の馬の脚がじっとしているのに忍びなかったのも同情に価すると言わなければならぬ。…… この解釈の是非はともかく、半三郎は当日会社にいた時も、舞踏か何・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・己と袈裟との間の恋愛は、今と昔との二つの時期に別れている。己は袈裟がまだ渡に縁づかない以前に、既に袈裟を愛していた。あるいは愛していると思っていた。が、これも今になって考えると、その時の己の心もちには不純なものも少くはない。己は袈裟に何を求・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・人には性の要求と生の疑問とに、圧倒される荷を負わされる青年と云う時期があります。私の心の中では聖書と性慾とが激しい争闘をしました。芸術的の衝動は性欲に加担し、道義的の衝動は聖書に加担しました。私の熱情はその間を如何う調和すべきかを知りません・・・ 有島武郎 「『聖書』の権威」
・・・なぜならば、実行に先立って議論が戦わされねばならぬ時期にあっては、労働者は極端に口下手であったからである。彼らは知らず識らず代弁者にたよることを余儀なくされた。単に余儀なくされたばかりでなく、それにたよることを最上無二の方法であるとさえ信じ・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・我々青年は誰しもそのある時期において徴兵検査のために非常な危惧を感じている。またすべての青年の権利たる教育がその一部分――富有なる父兄をもった一部分だけの特権となり、さらにそれが無法なる試験制度のためにさらにまた約三分の一だけに限られている・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ しかしその事はもはやかれこれいうべき時期を過ぎた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ とにもかくにも、明治四十年代以後の詩は、明治四十年代以後の言葉で書かれねばならぬということは、詩語としての適不適、表白の便不便の問題・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 洪水の襲撃を受けて、失うところの大なるを悵恨するよりは、一方のかこみを打破った奮闘の勇気に快味を覚ゆる時期である。化膿せる腫物を切開した後の痛快は、やや自分の今に近い。打撃はもとより深酷であるが、きびきびと問題を解決して、総ての懊悩を・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・或人は営業開始の時期を訊いた。或人は焼けた書籍の中の特記すべきものを訊いた。或人は丸善の火災が文明に及ぼす影響などゝ云う大問題を提起した。中には又突拍子もない質問を提出したものもあった。曰く、『焼けた本の目録はありますか?』 丸善は如何・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・もしある時期に達して小樅を斫り払ってしまうならば大樅は独り土地を占領してその成長を続けるであろうと。しかして若きダルガスのこの言を実際に試してみましたところが実にそのとおりでありました。小樅はある程度まで大樅の成長を促すの能力を持っておりま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ しかし、それは、木を移す時期でなかったので、実もしなびてしまえば、木も枯れてしまいました。 けっきょく、男は、ほねおり損に終わったわけです。 小川未明 「ある男と無花果」
出典:青空文庫