・・・と圭さんは雨のなかに坊主頭を曝しながら、空模様を見廻す。「よなだ。よなが雨に溶けて降ってくるんだ。そら、その薄の上を見たまえ」と碌さんが指をさす。長い薄の葉は一面に灰を浴びて濡れながら、靡く。「なるほど」「困ったな、こりゃ」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・彼らは銃剣で敵を突き刺し、その辮髪をつかんで樹に巻きつけ、高粱畠の薄暮の空に、捕虜になった支那人の幻想を野曝しにした。殺される支那人たちは、笛のような悲声をあげて、いつも北風の中で泣き叫んでいた。チャンチャン坊主は、無限の哀傷の表象だった。・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・お前さんたちがどんなに田舎者見てえな恰好をしてたって、番頭に化けたって、腰弁に化けて居たって、第一、おめえさんなんぞ、上はアルパカだが、ズボンがいけねえよ。晒しでもねえ、木綿の官品のズボンじゃねえか。第一、今時、腰弁だって、黒の深ゴムを履き・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・窓に顔を晒している吉里よりも、その後に立ッていた善吉は戦え上ッて、今は耐えられなくなッた。「風を引くよ、吉里さん。寒いじゃアないかね、閉めちゃアどうだね」と、善吉は歯の根も合わないで言ッた。 見返ッた吉里は始めて善吉を認めて、「おや・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 有島武郎とまたちがった意味で時代の苦痛に身を曝した芥川龍之介の死は、その遺書の中に、「僕の遺産は百坪の土地と僕の家と僕の著作権と僕の貯金二千円のあるだけである。僕は僕の自殺した為に僕の家の売れないことを苦にした。従って別荘の一つももっ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ けれども、今日は如何うかして、小学校の子供のように、お婆さんは只コックリと頭を下げた限りで、ぼんやりと天日に頭を曝した儘、薄紫の愛らしい馬鈴薯の花を眺めて居る。「どうなさいました。家へ入って少し休みましょう 私はお婆さんを縁側・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・、全体的な、ホールサムな満ち足りた生存だとすると、数千哩互を隔てられた彼女自身の一人の存在は、まるで、その円らかな一つの肉体を、真中から、無残にも二つ切りにして、その生々しく濡れた切口を、つめたい風に曝して居るような気分とも云える程だった。・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
・・・隠居した後も、道を行きつつ古草鞋を拾って帰り、水に洗い日に曝して自らきざみ、出入の左官に与えなどした。しかし伊兵衛は卑吝では無かった。某年に芝泉岳寺で赤穂四十七士の年忌が営まれた時、棉服の老人が墓に詣でて、納所に金百両を寄附し、氏名を告げず・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・ 欄干に赤い襟裏の附いた著物や葡萄茶の袴が曝してあることがある。赤い袖の肌襦袢がしどけなく投げ掛けてあることもある。この衣類の主が夕方には、はでな湯帷子を著て、縁端で凉んでいる。外から帰って著物を脱ぎ更えるのを不意に見て、こっちで顔を背・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ お留は丸帯の汚点をランプの下に晒してみた。小指の爪で一寸擦ると、「こりゃ姉やんに持って来いやがなア。」と云いながらまた奥の間へ這入っていった。十 安次の小屋が組から建てられることに定ったと知ったとき、勘次は母親をそ・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫