・・・けれども晩餐は幸いにも徐ろに最後に近づいて行った。たね子は皿の上のサラドを見た時、「サラドのついたものの出て来た時には食事もおしまいになったと思え」と云う夫の言葉を思い出した。しかしやっとひと息ついたと思うと、今度は三鞭酒の杯を挙げて立ち上・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・ 結婚披露式の晩餐はとうに始まっていたらしかった。僕はテエブルの隅に坐り、ナイフやフォオクを動かし出した。正面の新郎や新婦をはじめ、白い凹字形のテエブルに就いた五十人あまりの人びとは勿論いずれも陽気だった。が、僕の心もちは明るい電燈の光・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・今にはじめぬことながら、ほとんどわが国の上流社会全体の喜憂に関すべき、この大いなる責任を荷える身の、あたかも晩餐の筵に望みたるごとく、平然としてひややかなること、おそらく渠のごときはまれなるべし。助手三人と、立ち会いの医博士一人と、別に赤十・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・最後のスタンドプレイ ダヴィンチの評伝を走り読みしていたら、はたと一枚の挿画に行き当った。最後の晩餐の図である。私は目を見はった。これはさながら地獄の絵掛地。ごったがえしの、天地震動の大騒ぎ。否。人の世の最も切なき阿修羅の姿だ。・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・「晩餐会は中止にして下さい。どうも、考えてみると、この物資不足の時に、僕なんかにごちそうするなんて、むだですよ。つまらないじゃありませんか。」「残念です。あいにく只今、細君も外出して、なに、すぐに帰る筈ですがね、困りました。お電話を・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・開場式のお歴々の群集も畢竟一種の囚徒で、工場主の晩餐会の卓上に列なる紳士淑女も、刑務所の食卓に並ぶルンペンらも同じくギャングであり囚人の群れであるように思われてくる。 ルイとエミールはこれらのあらゆる囚獄を片端から打ち破り、踏み破って「・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・このうさぎを捕獲すればテント内の晩餐をにぎわすことができるがなかなか容易には捕れないそうである。出歩く道がわかればわなを掛けるといいそうであるがその道がなかなかわからないと言う。それはとにかく、こんなはげ山の頂にうさぎが何を求めて歩いている・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
一 亀井戸まで 久しぶりで上京した友人と東京会館で晩餐をとりながら愉快な一夕を過ごした。向こうの食卓には、どうやら見合いらしい老若男女の一団がいた。きょうは日がよいと見える。近ごろの見合いでは、たいてい婿殿・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・ その翌日また別の席でこれらの人たちと晩餐を共にしてシュミット、ウィーゼ両氏の簡単な講演を聞く機会を得た。 北極をめぐる諸科学国が互いに協力して同時的に気象学的ならびに一般地球物理学的観測を行なういわゆるインターナショナル・ポーラー・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・後年ケルヴィン卿が化学会の晩餐演説でこの事を引合に出し、レーリー卿は十二歳のときに燐で指を焼いたそうだが、自分は八十二歳のときに全く同じ火傷をしたと云った。 十四歳のとき Harrow に入ったが、二年級になってから胸の病を得て退学した・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
出典:青空文庫