・・・すると、やれ清水の桜が咲いたの、やれ五条の橋普請が出来たのと云っている中に、幸い、年の加減か、この婆さんが、そろそろ居睡りをはじめました。一つは娘の返答が、はかばかしくなかったせいもあるのでございましょう。そこで、娘は、折を計って、相手の寝・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・あいにく宅は普請中でございますので、何かと不行届の儀は御容赦下さいまして、まず御緩りと……と丁寧に挨拶をして立つと、そこへ茶を運んで来たのが、いま思うとこの女中らしい。 実は小春日の明い街道から、衝と入ったのでは、人顔も容子も何も分らな・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・あのさきへ矢羽根をつけると、掘立普請の斎が出るだね。へい、墓場の入口だ、地獄の門番……はて、飛んでもねえ、肉親のご新姐ござらっしゃる。」 と、泥でまぶしそうに、口の端を拳でおさえて、「――そのさ、担ぎ出しますに、石の直肌に縄を掛ける・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 沼南が今の邸宅を新築した頃、偶然訪問して「大層立派な御普請が出来ました、」と挨拶すると、沼南は苦笑いして、「この家も建築中から抵当に入ってるんです」といった。何の必要もないのにそういう世帯の繰廻しを誰にでも吹聴するのが沼南の一癖であっ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・今普請してる最中でっけど、中頃には開店させて貰いま」 そして、開店の日はぜひ招待したいから、住所を知らせてくれと言うのである。住所を控えると、「――ぜひ来とくれやっしゃ。あんさんは第一番に来て貰わんことには……」 雑誌のことには・・・ 織田作之助 「神経」
・・・新しい家の普請が到るところにあった。自分はその辺りに転っている鉋屑を見、そして自分があまり注意もせずに煙草の吸殻を捨てるのに気がつき、危いぞと思った。そんなことが頭に残っていたからであろう、近くに二度ほど火事があった、そのたびに漠とした、捕・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・「まあ、俄普請としては、こんなものです」と広瀬さんも食堂の内を歩き廻りながら、「お母さんも御承知の通り、今は寄席も焼け、芝居も焼けでしょう。娯楽という娯楽の機関は何もない時です。食物より外に誰も楽みがない。そこでこんな食堂の仕事ならば、・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・さすがに、立派な普請だ。庭の眺めもいい。柊があるな。柊のいわれを知っているか」「知らない」「知らないのか?」と得意になり、「そのいわれは、大にして世界的、小にしては家庭、またお前たちの書く材料になる」 さっぱり言葉が、意味をなし・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・心細く感じながらも、ひとりでそっと床から脱け出しまして、てらてら黒光りのする欅普請の長い廊下をこわごわお厠のほうへ、足の裏だけは、いやに冷や冷やして居りましたけれど、なにさま眠くって、まるで深い霧のなかをゆらりゆらり泳いでいるような気持ち、・・・ 太宰治 「葉」
・・・小径――その向こうをだらだらと下った丘陵の蔭の一軒家、毎朝かれはそこから出てくるので、丈の低い要垣を周囲に取りまわして、三間くらいと思われる家の構造、床の低いのと屋根の低いのを見ても、貸家建ての粗雑な普請であることがわかる。小さな門を中に入・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫