・・・おげんが娘や甥を連れてそこへ来たのは自分の養生のためとは言え、普通の患者が病室に泊まったようにも自分を思っていなかったというのは、一つはおげんの亡くなった旦那がまだ達者でさかりの頃に少年の蜂谷を引取って、書生として世話したという縁故があった・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・事実、自分の日常生活を支配しているものは、やっぱり陳い陳い普通道徳にほかならない。自分の過去現在の行為を振りかえって見ると、一歩もその外に出てはいない。それでもって、決して普通道徳が最好最上のものだとは信じ得ない。ある部分は道理だとも思うが・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・りのこのおばあさんは、二人のむすこが耕すささやかな畑地のほかに、窓越しに見るものはありませなんだが、おばあさんの窓のガラスは、にじのようなさまざまな色のをはめてあったから、そこからのぞく人間も世間も、普通のものとは異なっていました。まくらの・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ても、夕食のお膳に大きい二合徳利がつけてあって、好意を無にするのもどうかと思い、私は大急ぎで飲むのでありますが、何せ醸造元から直接持って来て居るお酒なので、水など割ってある筈は無し、頗る純粋度が高く、普通のお酒の五合分位に酔うのでした。佐吉・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・腓のところどころがずきずきと痛む。普通の疼痛ではなく、ちょうどこむらが反った時のようである。 自然と身体をもがかずにはいられなくなった。綿のように疲れ果てた身でも、この圧迫にはかなわない。 無意識に輾転反側した。 故郷のことを思・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ものを云う事を覚えるのが普通より遅く、そのために両親が心配したくらいで、大きくなってもやはり口重であった。八、九歳頃の彼はむしろ控え目で、あまり人好きのしない、独りぼっちの仲間外れの観があった。ただその頃から真と正義に対する極端な偏執が目に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・彼らは三吉らより五つ六つ年輩でもあり、土地の顔役でもあって、普通選挙法実施の見透しがいよいよ明らかになると、露骨に彼ら流儀の「議会主義」へとすすんでいた。「竹びしゃくなんかつくらんでも、わしが工場ではたらくがええ」 高坂がそういって・・・ 徳永直 「白い道」
・・・とは普通の風呂屋ではなく、料理屋を兼ねた旅館ではないかと思われる。その名前や何かはこれを詳にしない。当時入谷には「松源」、根岸に「塩原」、根津に「紫明館」、向島に「植半」、秋葉に「有馬温泉」などいう温泉宿があって、芸妓をつれて泊りに行くもの・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・其枳の為に救われたということで最初から彼の普通でないことが示されて居るといってもいい。蘇生したけれど彼は満面に豌豆大の痘痕を止めた。鼻は其時から酷くつまってせいせいすることはなくなった。彼は能く唄ったけれど鼻がつまって居る故か竹の筒でも吹く・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・先生の髪も髯も英語で云うとオーバーンとか形容すべき、ごく薄い麻のような色をしている上に、普通の西洋人の通り非常に細くって柔かいから、少しの白髪が生えてもまるで目立たないのだろう。それにしても血色が元の通りである。十八年を日本で住み古した人と・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
出典:青空文庫