・・・あの人の一生の念願とした晴れの姿は、この老いぼれた驢馬に跨り、とぼとぼ進むあわれな景観であったのか。私には、もはや、憐憫以外のものは感じられなくなりました。実に悲惨な、愚かしい茶番狂言を見ているような気がして、ああ、もう、この人も落目だ。一・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・いようではあるが、しかし自分の知る郷里の山々は山の形がわりに単調でありその排列のしかたにも変化が乏しいように思われるが、ここから見た山々の形態とその排置とには異常に多様複雑な変化があって、それがここの景観の節奏と色彩とを著しく高め深めている・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ この辺の植物景観が関東平野のそれと著しくちがうのが眼につく。民家の垣根に槙を植えたのが多く、東京辺なら椎を植える処に楠かと思われる樹が見られたりした。茶畑というものも独特な「感覚」のあるものである。あの蒲鉾なりに並んだ茶の樹の丸く膨ら・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・このように恐ろしい地殻活動の現象はしかし過去において日本の複雑な景観の美を造り上げる原動力となった大規模の地変のかすかな余韻であることを考えると、われわれは現在の大地のおりおりの動揺を特別な目で見直すこともできはしないかと思われる。 同・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・日本の景観の多様性はたとえば本邦地質図の一幅を広げて見ただけでも想像される。それは一片のつづれの錦をでも見るように多様な地質の小断片の綴合である。これに応じて山川草木の風貌はわずかに数キロメートルの距離の間に極端な変化を示す。また気象図を広・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・のカーテンをかかげ、その景観を日本のすべての人にわかとうとしている。自分の感動をかくさず、人々も、まともな心さえもつならば、美しい響きは美しいと聴くであろうという信頼において。 ソヴェト紹介の文章そのものの率直さ、何のためらいもなく真直・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・ 日夜地球はめぐりつつあり、こうして、或るところでは重く汁気の多い果実が深い草の上に腐れ墜ち、或るところでは実らぬ実を風にもがれているけれども、豊富な人類の営みは景観の複雑さを、其の面にだけとどめてはいない。ワンダ・ワシリェフスカヤの「・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・そういう樹々が無数に集まって景観を形成するとすれば、景観全体がすっかり違った感じになるのは当然であろう。 私は東山の麓に住んでいた関係もあって京都の樹木の美しさを満喫することができた。 新緑のころの京都は、実際あわただしい気分に・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫