・・・の鼻を大まわりに不相変晴れやかな水の上をまっ直に嶽麓へ近づいて行った。……… * * * * * 僕はやはり同じ日の晩、或妓館の梯子段を譚と一しょに上って行った。 僕等の通った二階の部屋は中央に据えたテエブルは勿論、・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・その言葉とともに王氏の顔が、だんだん晴れやかになりだしたのは、申し上げるまでもありますまい。 私はその間に煙客翁と、ひそかに顔を見合せました。「先生、これがあの秋山図ですか?」 私が小声にこう言うと、煙客翁は頭を振りながら、妙な・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・と、お母さまはいって、差出人の名まえをごらんなさったが、急に、晴れやかな、大きな声で、「のぶ子や、お姉さんからなのだよ。」といわれました。 そのとき、のぶ子は、お人形の着物をきかえさせて、遊んでいましたが、それを手放して、すぐにお母・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・ しかし、このはかない間が、花にとってまたこのうえの楽しいことがないときだったのです。晴れやかな陽の顔も、またあのやわらかな感じのする雲の姿も、みつばちのおとずれも、その楽しいことの一つでありましたが、その中にもいちばん喜ばしい心の踊る・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・分娩のすんだトシエは、細くなって、晴れやかに笑いながら、仰向に横たわっていた。ボロ切れと、脱脂綿に包まれた子供は、軟かく、細い、黒い髪がはえて、無気味につめたくなっていた。全然、泣きも、叫びもしなかった。「これですっかり、うるさいくびき・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・右膳は取分け晴れやかな、花の咲いたような顔をした。臙脂屋の悦んだのはもとよりだつたが、遊佐河内守は何事も無かったような顔であった。そして忽ちに臙脂屋に対って、「臙脂屋殿。」と殿づけにして呼びかけた。臙脂屋は「ハ」と恐縮して応・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・こんど、東京の造船所に勤めることになりました、と晴れやかに笑って言った。私はN君を逃がすまいと思った。台所に、まだ酒が残って在る筈だ。それに、ゆうべW君が、わざわざ持って来てくれた酒が、一升在る。整理してしまおうと思った。きょう、台所の不浄・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・ 雪は、晴れやかに微笑みつつ、胸を張って空気を吸いこんだ。 私は、雪を押した。「あ!」 口を小さくあけて、嬰児のようなべそを掻いて、私をちらと振りむいた。すっと落ちた。足をしたにしてまっすぐに落ちた。ぱっと裾がひろがった。・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・そこには王さまと、王妃と王子の三人が、晴れやかに笑って立っていました。「おう綺麗じゃ。」王さまは両手をひろげてラプンツェルを迎えました。「ほんとうに。」と王妃も満足げに首肯きました。王さまも王妃も、慈悲深く、少しも高ぶる事の無い、と・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・高角度に写された煙突から朝餉の煙がもくもくと上がり始めると、あちらこちらの窓が明いて、晴れやかな娘の顔なども見える。屋上ではせんたく物を朝風に翻すおかみさんたちの群れもある。これらの画像の連続の間に、町の雑音の音楽はアクセレランドー、クレッ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
出典:青空文庫