・・・足をかわすたびにポクリ、ポクリと、足くびまでうずめる砂ほこりが、尻ばしょりしている毛ずねまで染める。暑い午下りの熱気で、ドキン、ドキンと耳鳴りしている自分を意識しながら歩いている。その眼路のはるかつきるまで、咽喉のひりつくような白くかわいた・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 鏡台の数だけ女も四、五人ほど、いずれも浴衣に細帯したままごろごろ寝転んでいた。暑い暑いといいながら二人三人と猫の子のようにくッつき合って、一人でおとなしく黙っているものに戯いかける。揚句の果に誰かが「髪へ触っちゃ厭だっていうのに。」と・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・実際其頃は犬殺しの徘徊すべき時節ではなかった。暑い時には大切な毛皮が役に立たぬばかりでなく肉の保存も出来ないからである。太十はそれを知って居る。そうして肉の註文を受けたことが事実であるとすれば赤は到底助かれないと信じた。赤犬の肉は黴毒の患者・・・ 長塚節 「太十と其犬」
はなはだお暑いことで、こう暑くては多人数お寄合いになって演説などお聴きになるのは定めしお苦しいだろうと思います。ことに承れば昨日も何か演説会があったそうで、そう同じ催しが続いてはいくらあたらない保証のあるものでも多少は流行過の気味で、・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ そのムンムンする蒸し暑い、プラタナスの散歩道を、私は歩いていた。何しろ横浜のメリケン波戸場の事だから、些か恰好の異った人間たちが、沢山、気取ってブラついていた。私はその時、私がどんな階級に属しているか、民平――これは私の仇名なんだが―・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・そうして宿屋を出る時は最早九時にも十時にもなって居る事があって詰り朝の涼い間をかえって宿屋で費し暑い盛りを歩かねばならぬような事になる。それは恐らく実験のない人には気の附かぬ事である。 余は行脚的旅行は多少の経験があるが、しかしこの紀行・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・私は暑いので、すっかりはだかになって泳ぐ時のようなかたちをしていましたが、すぐその白い岩を走って行ってみました。そのあしあとは、いままでのとはまるで形もちがい、よほど小さかったのです、あるものは水の中にありました。水がもっと退いたらまだまだ・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・盆地で暑いせいだろう、前庭に丸太で組んだヤグラのようなすずみ台をこしらえて、西陽のさす方へコモをたらして、そこで女が縫いものをしたり、子供がひるねしたりしていた。 秋田、山形辺は、食糧危機がひどくなってから、主食買い出しの全国的基地とな・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ 蒸暑い日の日盛りに、車で風を切って行くのは、却て内にいるよりは好い心持であった。田と田との間に、堤のように高く築き上げてある、長い長い畷道を、汗を拭きながら挽いて行く定吉に「暑かろうなあ」と云えば「なあに、寝ていたって、暑いのは同じ事・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・が、事実問題として、ああいう美しさが六月の太陽に照らされたほの暑い農村の美しさのすべてであるとは言えないであろう。小林氏にしてもあれ以外に多くの色や光や運動の美しさを認めたであろう。しかし氏はその内から一の情趣をつかんだ。そうしてそれを描き・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫