・・・赤木は即座に妙な句ばかりつづけさまに諳誦した。しかし僕は赤木のように、うまいとも何とも思わなかった。正直に又「つまらんね」とも云った。すると何ごとにもムキになる赤木は「君には俳句はわからん」と忽ち僕を撲滅した。 丁度やはりその前後にちょ・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・が、女は和尚に頓着なく、じっと畳を見つめながら、ほとんど暗誦でもしているように――と云って心の激動は、体中に露われているのですが――今日までの養育の礼を一々叮嚀に述べ出すのです。「それがややしばらく続いた後、和尚は朱骨の中啓を挙げて、女・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・――優しい人の言う事は、よくよく身に染みて覚えたと見えて、まるで口移しに諳誦をするようにここで私に告げたんだ。が、一々、ぞくぞく膚に粟が立った。けれども、その婦人の言う、謎のような事は分らん。 そりゃ分らんが、しかし詮ずるに火事がある一・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 戯れにいろは教うればいろはを覚え、戯れに読本教うればその一節二節を暗誦し、小供らの歌聞きてまた歌い、笑い語り戯れて、世の常の子と変わらざりき。げに変わらずみえたり。生国を紀州なりと童のいうがままに「紀州」と呼びなされて、はては佐伯町附・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・と畳の上に指先で○を書き、「円の定義を平気な顔で暗誦したものだ、君、斯ういう先生と約一ヶ月半も僕は膳を並べて酒を呑んだのだから堪らない。」「それはお互いサ」と神崎少しも驚かない。「然し相かわらず議論は激しかったろう」と大友はにこ・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・桂は一度西国立志編の美味を知って以後は、何度この書を読んだかしれない、ほとんど暗誦するほど熟読したらしい、そして今日といえどもつねにこれを座右に置いている。 げに桂正作は活きた西国立志編といってよかろう、桂自身でもそういっている。「・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・で、自宅練修としては銘々自分の好むところの文章や詩を書写したり抜萃したり暗誦したりしたもので、遲塚麗水君とわたくしと互に相争って荘子の全文を写した事などは記憶して居ます。私は反古にして無くして仕舞いましたが、先達て此事を話し出した節聞いたら・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・併しそれも唯机に対って声さえ立てて居れば宜いので、毎日のことゆえ文句も口癖に覚えて悉皆暗誦して仕舞って居るものですから、本は初めの方を二枚か三枚開いたのみで後は少しも眼を書物に注がず、口から出任せに家の人に聞えよがしに声高らかに朗々と読んで・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・あなたの小説を、にっぽん一だと申して、幾度となく繰り返し繰り返し拝読して居る様子で、貴作、ロマネスクは、すでに諳誦できる程度に修行したとか申して居たのに。むかしの佳き人たちの恋物語、あるいは、とくべつに楽しかった御旅行の追憶、さては、先生御・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・いつも同じ教材ゆえ、たいてい諳誦して居ります。お酒を呑めば血が出るし、この薬でもなかった日には、ぼくは、とうの昔に自殺している。でしょう? 私、答えて、うむ、わが論つたなくとも楯半面の真理。 このように巧い結末を告げるときもあれば、・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫