・・・ 女学校の三年目という年は、どんな女の子にとっても何か早春の嵐めいた不安な時期だと思うが、私のこの時分は暗澹としていた。 丁度父は四十歳のなかば、母はそれより八つほど若くて、生活力の旺であった両親の生活は、なかなか波も風も高い日々で・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・妻とのせっぱつまった苦しい感情、父、弟からの人間として遠い感情、この一郎の暗澹とした前途をHさんは「一撃に所知を亡う」香厳の精神転換、或は脱皮をうらやむ一郎の心理に一筋の光明を托して、一篇の終りとしているのである。 漱石の女性観は、いわ・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・とがめ、責める先に暗澹とした心持になります。 こう云う、本当のあやまちを少なくするには、どう心掛けたらいいのでしょう。 近頃頻りにいわれる性教育も、補助的知識の一つとしては無いに勝るでしょう。けれども、人間として自分達が出来るだけ崇・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・五つか六つの時、孫の薬とりに行った老婆が、電信柱に結びつけられ兵隊に剣付鉄砲で刺殺されたと云う、日比谷の焼打ちの時か何かの風聞を小耳に挟んで以来、戒厳令と云うことは、私に何とも云えない暗澹と惨虐さとを暗示するのだ。私は、一時に四方の薄暗さと・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・ しかし、このような暗澹とした空気に拘らず、栖方の笑顔を思い出すと、光がぽッと射し展いているようで明るかった。彼の表情のどこ一点にも愁いの影はなかった。何ものか見えないものに守護されている貴とさが溢れていた。 ある日、また栖方は高田・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫