・・・と言って暫し瞑目していましたが、やがて「解りました。悟りました。私も男です。死ぬなら立派に死にます」と仰臥した胸の上で合掌しました。其儘暫く瞑目していましたが、さすが眼の内に涙が見えました。それを見ると私は「ああ、可愛想な事を言うた」と思い・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・余は柿も食いたいのであるがしかし暫しの間は柿をむいでいる女のややうつむいている顔にほれぼれと見とれていた。この女は年は十六、七位で、色は雪の如く白くて、目鼻立まで申分のないように出来ておる。生れは何処かと聞くと、月か瀬の者だというので余は梅・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・やっと棺桶を埋めたが墓印もないので手頃の石を一つ据えてしまうと、和尚は暫しの間廻(向して呉れた。其辺には野生の小さい草花が沢山咲いていて、向うの方には曼珠沙華も真赤になっているのが見える。人通りもあまり無い極めて静かな瘠村の光景である。附添・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ この間きいた実際の話で、或る小学校長が毎朝子供達に体操をさせるとき、忠孝、忠孝というかけ声をかけさせようかと提案して、居合せた人々を暫し呆然とさせたということがあった。 忠ということ孝ということ、それは健全である。だからと云って号・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ 其処に立っていますと、妙に感傷的になって思いは過去へ過去へと馳せて行くのでした。暫し想いを凝らせると、あの髪を角髪に結んだ若い美しい婦人が裳裾を引きながら、目の前を通るように覚えるのでした。 こうし・・・ 宮本百合子 「「奈良」に遊びて」
出典:青空文庫