・・・しかし日ごろの沈黙に似ず、彼は今夜だけは思う存分に言ってしまわなければ、胸に物がつまっていて、当分は寝ることもできないような暴れた気持ちになってしまっていたのだ。「今日農場内を歩いてみると、開墾のはじめにあなたとここに来ましたね、あの時・・・ 有島武郎 「親子」
・・・どうにかしてくれないことはなかろうと思って、そのかわり、自分の思ってることは皆打あけて、いって、そうしちゃあ目を瞑って尼様に暴れたんだね。「そういうわけさ。」 他に理窟もなんにもない。この間も、尼さまン処へ行って、例のをやってる時に・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・されども渠等は未だ風も荒まず、波も暴れざる当座に慰められて、坐臥行住思い思いに、雲を観るもあり、水を眺むるもあり、遐を望むもありて、その心には各々無限の憂を懐きつつ、てきそくして面をぞ見合せたる。 まさにこの時、衝と舳の方に顕れたる船長・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・なぜなら、秋から、冬にかけて、すさまじい風が吹きつのって、沖が暴れ狂ったからでした。彼女は、いつしか、他の青年を恋するようになりました。「その指輪は、だれからもらったのか。」と、その青年は、問うたのであります。いつか、約束にもらった指輪・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・すると波は高くて、沖の方は雲切れのした空の色が青く、それに黒雲がうずを巻いていて、ものすごい暴れ模様の景色でした。「また、降りた。早く、帰ろう。」と、お父さんはいわれました。 二人は、急いで、海辺の町を離れると、自分の村をさして帰っ・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・ その日の昼過ぎから、沖の方は暴れて、ひじょうな吹雪になりました。夜になると、ますます風が募って、沖の方にあたって怪しい海鳴りの音などが聞こえたのであります。 その明くる日も、また、ひどい吹雪でありました。五つの赤いそりが出発してか・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・ そんな何が、ある理屈はねえけれど……どうもこう、見たところこんなおとなし作りの娘を、船乗りの暴れ者の女房にゃ可哀そうのようでね」「だって、先方が承知でぜひ行きたいと言うんだもの」「ははは、あんまりそうでもあるめえて、ねえ新さん」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ こう暴れているうちにも自分は、彼奴何時の間にチョーク画を習ったろう、何人が彼奴に教えたろうとそればかり思い続けた。 泣いたのと暴れたので幾干か胸がすくと共に、次第に疲れて来たので、いつか其処に臥てしまい、自分は蒼々たる大空を見上げ・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・今ちょいと外面へ汝が立って出て行った背影をふと見りゃあ、暴れた生活をしているたア誰が眼にも見えてた繻子の帯、燧寸の箱のようなこんな家に居るにゃあ似合わねえが過日まで贅をやってた名残を見せて、今の今まで締めてたのが無くなっている背つきの淋しさ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・それに逸平は三島の火消しの頭をつとめていたので、ゆくゆくは次郎兵衛にこの名誉職をゆずってやろうというたくらみもあり、次郎兵衛がこれからもますます馬のように暴れまわってくれたならそれだけ将来の火消し頭としての資格もそなわって来ることだという遠・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫