・・・昔から、手の下の罪人ということわざの如く、強い者が、感情のまゝに弱い者に対する振舞というものは、暴虐であり、酷使であり、無理解であった場合が多かったようです。即ち、彼等の親達もしくは主人が、社会から受ける物質上、または精神上の貧困と絶望とは・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ 愛を知り、涙を知り、人間らしい感情に生きる民衆こそ、暴虐に対して、憤り、反抗する理由と実力とを有するのです。またこの霊魂をもって書かれた大芸術こそ、人生のための芸術であり、我等の高遠な目的に向って進むに当って、鼓舞して止まない真の芸術・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・私はむりに伴れて行かれる気がした。暴虐――そんな気さえしたのだ。それでも、私の友人たちのただ一人として、私に同情して妻子たちを引止める方へ応援してくれた人がないのだ。誰も彼も、それが当然だ、と言うのだ。しかし笹川だけは、平常から私のことを哀・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・しかし、暴虐に対する住民の憎悪は、白衛軍を助けている侵略的な日本軍に向って注ぎかえされた。栗本は、自分達兵卒のやらされていることを考えた。それは全く、内地で懐手をしている資本家や地元の手先として使われているのだ。――と、反抗的な熱情が涌き上・・・ 黒島伝治 「氷河」
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・そうでなくとも、また暴虐な征服者の一炬によって灰にならなくとも、自然の誤りなき化学作用はいつかは確実に現在の書物のセリュローズをぼろぼろに分解してしまうであろう。 十年来むし込んでおいた和本を取り出してみたら全部が虫のコロニーとなって無・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・薔薇の花でも何でも虫のためには必要なる栄養物質であるのを、人間が無用な娯楽のために独占しようとして虫をひねり潰すのは、虫から見ればかなり暴虐な事かもしれない。 ある日の昼食のあとで庭へ出て、いちばん毛虫の多くついた薔薇を見に行った。そし・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・単に自分たちの土地の上からナチスを追いはらったばかりでなく、世界の歴史から、暴虐なナチズムの精神を追いはらったのである。ポーランド人民解放委員会の中に、ワンダ・ワシリェフスカヤという一人の優れた婦人作家が加わっていることをキュリー夫人が知る・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・そこにどんな人民の苦悩があったかは中共の女捕虜に対する日本兵の暴虐をテーマとしてかいた人こそ、よくその事実を実感しているにちがいない。 批評家は現代文学の全体とその作家たちに切実であるべき「問題を、おこさなかったという問題」をもって一九・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・で私たちにも馴染なネロのような王が現れるほど暴虐と頽廃が支配したからだと西洋歴史で習ったから、今フランスは文化の頽廃で敗北したときくと、一応尤ものように思えるかもしれない。日本歴史では平家の壇の浦の最後を、清盛からはじまる平家のおごりと文弱・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
出典:青空文庫