・・・するとその路の曲り角の向うにけたたましい犬の声が起ったのです。「きゃん。きゃん。助けてくれえ! きゃあん。きゃあん。助けてくれえ!」 白は思わず身震いをしました。この声は白の心の中へ、あの恐ろしい黒の最後をもう一度はっきり浮ばせたの・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ 私はまた、曲り角で、きっと、密と立停まって、しばらく経って、カタリと枢のおりるのを聞いたんです。 その、帰り途に、濠端を通るんです。枢は下りて、貴女の寝た事は知りながら、今にも濠へ、飛込もうとして、この片足が崖をはずれる、背後でし・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ とある十字街へ懸った時、横からひょこりと出て、斜に曲り角へ切れて行く、昨夜の坊主に逢った。同じ裸に、赤合羽を着たが、こればかりは風をも踏固めて通るように確とした足取であった。 が、赤旗を捲いて、袖へ抱くようにして、いささか逡巡の体・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ その靴は霜のいと夜深きに、空谷を鳴らして遠く跫音を送りつつ、行く行く一番町の曲がり角のややこなたまで進みけるとき、右側のとある冠木門の下に踞まれる物体ありて、わが跫音に蠢けるを、例の眼にてきっと見たり。 八田巡査はきっと見るに、こ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・といった坂の曲り角の安汁粉屋の団子を藤村ぐらいに喰えるなぞといって、行くたんびに必ず団子を買って出した。 壱岐殿坂時代の緑雨には紳士風が全でなくなってスッカリ書生風となってしまった。竹馬の友の万年博士は一躍専門学務局長という勅任官に跳上・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・「ああ、往来の、あっちの曲がり角まで、走りっこをしよう。」と、清ちゃんが、答えました。 そばにいた吉坊は、独り取り残されるのが悲しくなって、「僕は、足が早いんだよ。だから、僕もいっしょに走りっこをしよう。」といいました。 そ・・・ 小川未明 「父親と自転車」
・・・へは行かず、すぐ坂を降りましたが、その降りて行く道は、灯明の灯が道から見える寺があったり、そしてその寺の白壁があったり、曲り角の間から生国魂神社の北門が見えたり、入口に地蔵を祠っている路地があったり、金灯籠を売る店があったり、稲荷を祠る時の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ そう自嘲しながら、難波で南海電車を降り、市電の通りを越えて戎橋筋の闇市を、雑閙に揉まれて歩いていたが、歌舞伎座の横丁の曲り角まで来ると、横丁に人だかりがしている。街頭博奕だなと直感して横丁へ折れて行くと果して、「さア張ったり張った・・・ 織田作之助 「世相」
・・・橋か曲がり角で頭を打ちつけるか、流れて行って沼へ沈みでもしようものなら助からないところだった。 兄はいきなり川へ跳び込んで、あとを追った。橋までに捕えるつもりだった。 病気の身だった。それでもやっと橋の手前で捕えることはできた。しか・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・電燈の見えるところが崖の曲り角で、そこを曲がればすぐ私の旅館だ。電燈を見ながらゆく道は心易い。私は最後の安堵とともにその道を歩いてゆく。しかし霧の夜がある。霧にかすんでしまって電燈が遠くに見える。行っても行ってもそこまで行きつけないような不・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
出典:青空文庫