・・・無論大した怪我ではないと合点して、車掌は見向きもせず、曲り角の大厄難、後の綱のはずれかかるのを一生懸命に引直す。車は八重に重る線路の上をガタガタと行悩んで、定めの停留場に着くと、其処に待っている一団の群集。中には大きな荷物を脊負った商人も二・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ない方がいいとして先へ進む、さて両君はこの辺の地理不案内なりとの口実をもって覚束なき余に先導たるべしとの厳命を伝えた、しかるに案内には詳しいが自転車には毫も詳しくないから、行こうと思う方へは行かないで曲り角へくるとただ曲りやすい方へ曲ってし・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・だんだん歩いている内に、路が下っていたと見え、曲り角に来た時にふと下を見下すと、さきに点を打ったように見えたのは牛であるという事がわかるまでに近づいていた。いよいよ不思議になった。牛は四、五十頭もいるであろうと思われたが、人も家も少しも見え・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・向こうの曲がり角の所に三郎が小さなくちびるをきっと結んだまま、三人のかけ上って来るのを見ていました。 三人はやっと三郎の前まで来ました。けれどもあんまり息がはあはあしてすぐには何も言えませんでした。嘉助などはあんまりもどかしいもんですか・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・それらの事情に加えて、文化の擁護、新しいヒューマニズムを提唱しはじめた人々自身が、その心理に、つよいプロレタリア文化・文学の運動忌避の要因をひそめていたから、一つ一つ、曲り角へ出るごとに、この運動には階級性がないこと、プロレタリア文化運動の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 町の名、番地を書いてある紙片を手にもって、曲り角を見上げては、右へ、また右へと静かな通りを進みました。 暫く行くと左側に「母と子の健康相談所」のカンバンの出た建物がある。その二軒ばかり先が「五月一日の子供の家」です。 もとは誰・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・ 半分はもう忘れて居る道を、何としたのか沢山の工夫が鶴端(をそろえて一杯に掘り返して居るので、目じるしにして来た曲り角の大きな深い溝も、御影石の橋を置いた家も見失って仕舞った。 交番さえも見つからずに、あっちこっち危い足元でまごつい・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・この作品の背景となった農村の生活は、その後、作者の生活の大きな曲り角の一つ一つに、背景となってちらり、ちらりと現れて来ている。「伸子」の或る部分に。「播州平野」の或る部分に。それぞれ、日本の歴史の波が、この農村の生活そのものをも変化させてい・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・ 足の裏の千切れて仕舞いそうなのを堪えて探り足で廊下の曲り角まで行くと右側の無双窓の閉め忘れた所から吹き込む夜の風が切る様に私に打ちかかって、止め様としても止まらない胴震いと歯鳴りに私はウワワワワと獣の様な声を出して仕舞った。 もう・・・ 宮本百合子 「追憶」
渡辺参事官は歌舞伎座の前で電車を降りた。 雨あがりの道の、ところどころに残っている水たまりを避けて、木挽町の河岸を、逓信省の方へ行きながら、たしかこの辺の曲がり角に看板のあるのを見たはずだがと思いながら行く。 人通・・・ 森鴎外 「普請中」
出典:青空文庫