・・・小説家 (急に悄気さあ、とにかくその前には、書き上げるつもりでいるのですが、――編輯者 一体何時出発する予定ですか?小説家 実は今日出発する予定なのです。編輯者 今日ですか?小説家 ええ、五時の急行に乗る筈なのです。・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・僕はこのために勇気を得てどうにかこうにか書き上げる事が出来た。 僕の方からはあまり滝田君を尋ねていない。いつも年末に催されるという滝田君の招宴にも一度席末に列しただけである。それは確震災の前年、――大正十一年の年末だったであろう。僕はそ・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎君」
・・・私の実感を以て言うならば、およそ二十の長篇小説を書き上げるくらいの御苦労をおかけしたのである。そうして私は相変らずの、のほほん顔で、ただ世話に成りっ放し、身のまわりの些細の事さえ、自分で仕様とはしないのだ。 三十歳のお正月に、私は現在の・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・そいつを書き上げる迄は、私に就いて、どんな印象をも人に与えたくないのである。なかなか、それは骨の折れることである。また、贅沢な趣味である、という事も、私は知っている。けれども、なるべくなら、私はそれまで隠れていたい。とぼけ切っていたい。それ・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・一つ書き上げる度毎に、それを持って、勢い込んで私のところへやって来る。がらがらがらっと、玄関の戸をひどく音高くあけてはいって来る。作品を持って来た時に限って、がらがらがらっと音高くあけてはいって来る。作品を携帯していない時には、玄関をそっと・・・ 太宰治 「散華」
・・・この短篇小説を書き上げると、またすぐ重い鞄をさげて旅行に出て、あの仕事をつづけるのだ。なんて、やっぱり、小学生が遠足に出かける時みたいな、はしゃいだ調子の文章になってしまったが、仕事が楽しいという時期は一生に、そう度々あるわけでもないらしい・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ しかし、八月いっぱいには、約その三分の二を書き上げることができた。で、原稿を関君に渡して、ほっと呼吸をついた。 それから後は、なかば校正の筆を動かしつつ書いた。関君と柴田流星君が毎日のように催促に来る。社のほうだってそう毎日休むわ・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
出典:青空文庫