・・・巴は当初南蛮寺に住した天主教徒であったが、その後何かの事情から、DS 如来を捨てて仏門に帰依する事になった。書中に云っている所から推すと、彼は老儒の学にも造詣のある、一かどの才子だったらしい。 破提宇子の流布本は、華頂山文庫の蔵本を、明・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・少なくも、その書中から、滋養を摂るのに、それも稀にしかない本でゞもないかぎり、手垢がついていては、不快を禁ずることができないのであります。 書物でも、雑誌でも、私はできるだけ綺麗に取扱います。それなら、それ程、書物というものをありがたく・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・甲の心は書中に奪われ、乙は何事か深く思考に沈んでいる。 暫時すると、甲は書籍を草の上に投げ出して、伸をして、大欠をして、「最早宿へ帰ろうか。」「うん」と応たぎり、乙は見向きもしない。すると甲は巻煙草を出して、「オイ君、燐寸を・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 書中のおもむきは、過日絮談の折にお話したごとく某々氏等と瓢酒野蔬で春郊漫歩の半日を楽もうと好晴の日に出掛ける、貴居はすでに都外故その節お尋ねしてご誘引する、ご同行あるならかの物二三枚をお忘れないように、呵々、というまでであった。 ・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・ すでに西に帰り、信書しばしば至る。書中雅意掬すべし。往時弁論桿闔の人に似ざるなり。去歳の春、始めて一書を著わし、題して『十九世紀の青年及び教育』という。これを朋友子弟に頒つ。主意は泰西の理学とシナの道徳と並び行なうべからざるの理を述ぶ・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・の翻訳で読み、あるいは英語の教科書中に採録された原文で読んだりした。一方ではまた「経国美談」「佳人之奇遇」のごとき、当時では最も西洋臭くて清新と考えられたものを愛読し暗唱した。それ以前から先輩の読み物であった坪内氏の「当世書生気質」なども当・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ほっとしていつしか書中の人となりける。ボーイの昼食をすゝむる声耳に入りたれどもとより起き上がる事さえ出来ざる吾の渋茶一杯すゝる気もなく黙って読み続くるも実はこのようなる静穏の海上に一杯の食さえ叶わぬと思われん事の口惜しければなり。 一篇・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・であるが、どうかして左手ばかりの練習をしているのを幾間か隔てた床の中で聞いていると、不思議に前の書中の幻影が頭の中によみがえって来て船戦の光景や、セント・オラーフの奇蹟が幾度となく現われては消え、消えては現われた。そして音の高低や弛張につれ・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・雨の小息みもなく降りしきる響を、狭苦しい人力車の幌の中に聞きすましながら、咫尺を弁ぜぬ暗夜の道を行く時の情懐を述べた一章も、また『お菊さん』の書中最も誦すべきものであろう。 わたくしは今日でも折々ロッチの文をよむ。そして読むごとに、わた・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・然らば即ち今日の女大学は小説に非ず、戯作に非ず、女子教育の宝書として、都鄙の或る部分には今尚お崇拝せらるゝものにてありながら、宝書中に記す所は明かに現行法律に反くもの多し。其の民心に浸潤するの結果は、人を誤って法の罪人たらしむるに至る可し。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫