・・・は、ひろく共感を誘う妻のシチュエーションであるけれども、書き出しの女性らしい文章の体質と、すこしあとの方の文章と、どこかちがって来ているのは、どうしてだったろう。後半いまの風俗小説風の世相が女主人公の生活にふれて来てから、最後のむすびに到る・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・ 頭の単純な娘達はそんな事を思ういと間もなく只そのこけおどしの利く字のならべかたに気をうばわれてしまって自分でもその文をうのみにした様なものを書き出したり「大きくなったら」なんかととんでもない文学者を気取るものも出来て来ます。 三つ・・・ 宮本百合子 「現今の少女小説について」
・・・工場内には、はじめ、極く日常の出来事に関する感想を壁新聞に投書しているうち、ふと文学研究会へ出席するようになり、今では正規の労働通信員であると同時に、短篇小説や小評論をも書き出しているような若い男女が沢山ある。 婦人部の機関紙『労働婦人・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・でも、きょうはこの風変りな手紙の書き出しに、私は少し自分の心臓について書きましょう。そして、貴方に安心して頂き、これから余りそんなことを繰返し書かないですむように。私が丸まっちい体をしているので心臓が疲れ易いということ。これは最も見易い・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そこで、書き出したのがこの小説であった。小説らしい形にまとまった最初の作品であった。一九一六年の夏のはじめに書き終ったが、誰に見せようとも思わず、ひとりで綴じて、木炭紙に自分で色彩を加えた表紙をつけた。けれども、しまっておけなくて、女学校の・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・「月給七十円、べん当代30銭 足代が出るから助ります 朝出るとき一円ぐらいもって行ったって足が出ますからね そうすると書き出しで貰うんです」 一二年先へ先へと見とおしをつけなけりゃ困りますからね、真剣ですよ。 三千円ぐらいなら出・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・誰でもいうように初めの書き出しは一番苦心します。百枚以上のものでしたら、初めの二十枚位、短かいものでも三四枚は、やはりその一篇の足場になるところですから、書き出しの具合でどうにも筆が伸びなくなることもあります。しかし、いわゆる文章には余り拘・・・ 宮本百合子 「十年の思い出」
・・・ それから舶来の象牙紙と封筒との箱入になっているのを出して、ペンで手紙を書き出した。石田はペンと鉛筆とで万事済ませて、硯というものを使わない。稀に願届なぞがいれば、書記に頼む。それは陸軍に出てから病気引籠をしたことがないという位だから、・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・そのお嬢さんが部屋に一ぱいのおもちゃを持っていて、どれでも一つやろうと云ったという記念から書き出してある。 子供がおもちゃを持って遊んで、しばらくするときっとそれを壊して見ようとする。その物の背後に何物があるかと思う。おもちゃが動くおも・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ ――私は頭が乱れている。書き出しからしてもう主題にふさわしくない。二 偶然であるか必然であるかは私は知らない、とにかく私は先生の死について奇妙な現象を見た。この秋、私は幾度か先生を訪ねようとして果たさず、ほとんど三月ぶ・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫