・・・博士問題に関して突然余の手元に届いた一封の書翰は、実にこの隠者が二十余年来の無音を破る価ありと信じて、とくに余のために認めてくれたものと見える。 下 手紙には日常の談話と異ならない程度の平易な英語で、真率に余の学・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 翌十二日に至って、福原局長は文部省の意志を公けにするため、余に左の書翰を送った。実は二カ月前に、余が局長に差出した辞退の申し出に対する返事なのである。「復啓二月二十一日付を以て学位授与の儀御辞退相成たき趣御申出相成候処已に発令済に・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・無聊に苦んで居た子規は余の書翰を見て大に面白かったと見えて、多忙の所を気の毒だが、もう一度何か書いてくれまいかとの依頼をよこした。此時子規は余程の重体で、手紙の文句も頗る悲酸であったから、情誼上何か認めてやりたいとは思ったものの、こちらも遊・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・然るに、徳教書編纂の事は、先年も文部省に発起して、すでに故森大臣の時に倫理教科書を草し、その草案を福沢先生に示して批評を乞いしに、その節、先生より大臣に贈りたる書翰ならびに評論一編あり。久しく世人の知らざるところなりしかども、今日また徳教論・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・盤上には数通の書簡がおとなしく待っていたのである。 ピエエルは郵便を選り分けた。そしてイソダン郵便局の消印のある一通を忙わしく選り出して別にした。しかしすぐに開けて読もうともしない。 オオビュルナン先生はしずかに身を起して、その手紙・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・春風馬堤曲とは支那の曲名を真似たるものにて、そのかく名づけしゆえんは蕪村の書簡に詳らかなり。書簡に曰く一春風馬堤曲余幼童之時春色清和の日には必ず友どちとこの堤上にのぼりて遊び候水には上下の船あり堤には往来の客ありその中には田舎娘・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・には関係ないことであるが、書簡集の中に、ある親密な若い女の人に宛てて作者が送った手紙がある。こう書かれている。「とにかく張りのあるあなたにお会いするのが気持がよい。張り……それはあなたの身上です。ピンと来るようなところが全く気持がいい。あれ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・カーライルの例の文章でクロムウェル書簡の間に生涯を研究したもので且つ第一巻きりでは大したことがない。それだからおやめにしてランゲを入れましょう。『科学者と詩人』とは訳者の調子がわざわいしてやや甘たるいところが過重せられていると信じるが面・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・に対して、けがらわしい死刑囚の書簡集だとは云うまいけれども。 いくつかのこういう事情がたたまって、わたしは学校と疎遠になっていたのだった。それを別のひろい表現で云えば、旧い日本の上流中流の生活を支配していた常識の狭さや無智にされているま・・・ 宮本百合子 「歳月」
・・・ 我々の読んでいる本は、チェホフ全集第十巻「妻に送ったチェホフ書簡集」で、新潮社がモスクワにいる訳者に送ってよこしたものだ。モスクワにいる訳者は、今、高加索の靴を爪先にぶらつかせて、私の傍の暖房に腰かけている。 これは、小さい本だ。・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
出典:青空文庫