・・・教師として、普通人の考えるが如き生活をひたすらしているのではありません。嘗て、君も私も若き血を燃やしたる仕事があった筈です。それをです。そのためにです。それに、子供がうまれて以来、フラウが肺病、私が肺病で、火の車にちかい。であるから、三〇で・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・罪が悪霊の単独の誘惑の結果であるという考えは、嘗て彼等に起った事が無かったのである。エデンの園の蛇でさえ彼等の眼には、勝手に神の命令にそむいたアダムやエバより悪くはなかったのだ。けれども、ザラツストラの教義の影響を受けて、ユダヤ人も今はエホ・・・ 太宰治 「誰」
・・・梅の樹、碧梧の梢が枝ばかりになり、芙蓉や萩や頭や、秋草の茂りはすっかり枯れ萎れてしまったので、庭中はパッと明く日が一ぱいに当って居て、嘗て、小蛇蟲けらを焼殺した埋井戸のあたりまで、又恐しい崖下の真黒な杉の木立の頂きまでが、枯れた梢の間から見・・・ 永井荷風 「狐」
・・・日本の芸術界は此の二氏の周旋を俟って、未曾て目にしたことのなかった美術の名作を目睹し、また未嘗て耳にした事のなかった歌謡音楽を聴き得たわけである。わが当代の芸術界は之がために如何なる薫化を蒙ったかはまだ之を審にすることができない。然し松方山・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・ 昭和改元の年もわずか二三日を余すばかりの時、偶然の機会はまたもやわたくしをして同臭の二三子と共に、同じこの縁先から同じく花のない庭に対せしめた。嘗て初夏の夕に来り見た時、まだ苗であった秋花は霜枯れた其茎さえ悉く刈去られて切株を残すばか・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・彼は更に次の日の夕方生来嘗てない憤怒と悲痛と悔恨の情を湧かした。それは赤が死んだ日に例の犬殺しが隣の村で赤犬を殺して其飼主と村民の為に夥しくさいなまれて、再び此地に足踏みせぬという誓約のもとに放たれたということを聞いたからである。彼は其夜も・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 子規はにくい男である。嘗て墨汁一滴か何かの中に、独乙では姉崎や、藤代が独乙語で演説をして大喝采を博しているのに漱石は倫敦の片田舎の下宿に燻って、婆さんからいじめられていると云う様な事をかいた。こんな事をかくときは、にくい男だが、書きた・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・一九四五年の八月が来て、二年三年とたって、こんにちの情勢の下で自分が二十年前にかいたソヴェト紹介をよみかえして見ると、嘗ての暗黒の時に感じた神経的な反撥は一つも感じられない。その時代の理解の素直さが、自然にうけとれる。明るさがうそでないこと・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・詩、絵、短篇小説類を集めた大判の雑誌で、それを見ると、彼等の陽気さ、活気、或る時には茶目気をふんだんに感受することが出来ますが、英国で嘗て、ビアーズレー、エーツ等の詩人、画家が起した新運動等は、これらの同人雑誌から期待することは出来ません。・・・ 宮本百合子 「アメリカ文士気質」
・・・而して今日偶彼女と遭ひて、余の心の中には嘗て彼女に対して経験せざりし恐しき、されど甘き感情満ちぬ。彼女の一瞥一語は余の心を躍らしむ。余は彼女の面前にありて一種深奥なる悲哀を感ず。彼女のすべては余に美しく見ゆ。余は今に至るまで彼女を愛しき。さ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
出典:青空文庫