・・・ 僕は家で最中困った時には、馬を買って駄賃までつけたんですからね」 惣治は今に始まらぬ兄の言うことのばかばかしさに腹が立つよりも、いつになったらその創作というものができて収入の道が開けるのか、まるで雲を攫むようなことを言ってすましていら・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・の危険にも曝されるのであるが、ある日、私は猫と遊んでいる最中に、とうとうその耳を噛んでしまったのである。これが私の発見だったのである。噛まれるや否や、その下らない奴は、直ちに悲鳴をあげた。私の古い空想はその場で壊れてしまった。猫は耳を噛まれ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・ 時は夏の最中自分はただ画板を提げたというばかり、何を書いて見る気にもならん、独りぶらぶらと野末に出た。かつて志村と共に能く写生に出た野末に。 闇にも歓びあり、光にも悲あり、麦藁帽の廂を傾けて、彼方の丘、此方の林を望めば、まじまじと・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・しかし、丁度稲刈りの最中だった。のみならず、牛部屋では、鞍をかけられた牛が、粉ひき臼をまわして、くるくる、真中の柱の周囲を廻っていた。その番もしなければならない。「牛の番やかいドーナリヤ!」いつになく藤二はいやがった。彼は納屋の軒の柱に・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・その足でお三輪は芝公園の休茶屋の方へも寄って来たが、あの食堂もまだ開業の支度最中であった。新七、お力夫婦の外に、広瀬さんという人も加わって、四人で食器諸道具の相談に余念もなかった頃だ。この広瀬さんは一時は小竹の家に身を寄せていたこともあり、・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 斯様な事のある最中の或る午後、プラタプは、いつものように釣をしながら、笑ってスバーに云いました。「それじゃあ、ス、お父さん達は到頭お婿さんを見つけて、お前はお嫁に行くのだね、私のことも、まるきり忘れて仕舞わないようにしてお呉れ!」・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・あの時、私は床屋にいて散髪の最中であったのだが、知らせの花火の音を聞いているうちに我慢出来なくなり、非常に困ったのである。嫂も、あの時、針仕事をしていたのだそうであるが、花火の音を聞いたら、針仕事を続けることが出来なくなって、困ってしまった・・・ 太宰治 「一燈」
・・・冬の最中のある日に観測中に某君が誤って水中に落ち、そのために病気を起こした事もあった。水温の分布はあまり珍しい事もなかったが、深い泥の中の分布を測ったのは、いくらか珍しいほうかもしれない。 この観測に使った小船は、今は理学部の北玄関の壁・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・忘れもしねえ、暑い土用の最中に、餒じい腹かかえて、神田から鉄砲洲まで急ぎの客人を載せって、やれやれと思って棍棒を卸すてえとぐらぐらと目が眩って其処へ打倒れた。帰りはまた聿駄天走りだ。自分の辛いよりか、朝から三時過ぎまでお粥も啜らずに待ってい・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・部分は部分において一になり、全体は全体において一とならんとする大渦小渦鳴戸のそれも啻ならぬ波瀾の最中に我らは立っているのである。この大回転大軋轢は無際限であろうか。あたかも明治の初年日本の人々が皆感激の高調に上って、解脱又解脱、狂気のごとく・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫