・・・神と天然とが示すある適当の方法をもってしますれば、この最悪の状態においてある土地をも元始の沃饒に返すことができます。まことに詩人シラーのいいしがごとく、天然には永久の希望あり、壊敗はこれをただ人のあいだにおいてのみ見るのであります。 ま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・面白い目もして来たが、背中のこれさえなければ堅気の暮しも出来たろうにと思えば、やはり寂しく、だから競馬へ行っても自分の一生を支配した一の番号が果たして最悪のインケツかどうかと試す気になって、一番以外に賭けたことがない。 聴いているうちに・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・私は最悪の健康状態でよく今日まで生きて来られたと思っている。文学が恐らく私の生命を救って来たのだろう。常に酷評されながら、何糞と思って書いている。それで表面はぴんぴんしている。そのうち、戯曲も書こうと思う。最近、友人が「君は本職をもう捨てた・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・どうして私は、事態の最悪の場合ばかり考えたがるのだろう。ああ、けさは女房も美しい。ふびんな奴だ。あいつは、私を信じすぎていたのだ。私も悪い。女房を、だましすぎていた。だますより他はなかったのだ。家庭の幸福なんて、お互い嘘の上ででも無けれあ成・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私は、いつでも最悪の事態ばかり予想する。「そんな事は無い。」とお二人とも真面目に否定した。「去年の夏は、どうだったのですか?」私の性格の中には、石橋をたたいて渡るケチな用心深さも、たぶんに在るようだ。「あのあとで、お二人とも文治さん・・・ 太宰治 「故郷」
・・・借銭は、最悪の罪であった。借銭から、のがれようとして、更に大きい借銭を作った。あの薬品の中毒をも、借銭の慚愧を消すために、もっともっと、と自ら強くした。薬屋への支払いは、増大する一方である。私は白昼の銀座をめそめそ泣きながら歩いた事もある。・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ まさに、最悪の時期に襲来したのである。私は失明の子供を背負った。妻は下の男の子を背負い、共に敷蒲団一枚ずつかかえて走った。途中二、三度、路傍のどぶに退避し、十丁ほど行ってやっと田圃に出た。麦を刈り取ったばかりの畑に蒲団をしいて、腰をお・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ これはきわめて大ざっぱな目の子勘定ではあるが、それでもおおよその桁数としてはむしろ最悪の場合を示すものではないかと思われる。 焼夷弾投下のためにけがをする人は何万人に一人ぐらいなものであろう。老若のほかの市民は逃げたり隠れたりして・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ これは極めて大ざっぱな目の子勘定ではあるが、それでもおおよその桁数としてはむしろ最悪の場合を示すものではないかと思われる。 焼夷弾投下のために怪我をする人は何万人に一人くらいなものであろう。老若の外の市民は逃げたり隠れたりしてはい・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 私の頼んだ電気屋が偶然最悪のものであったかもしれないが、ほうぼうに鳴らない玄関の呼び鈴が珍しくないところから見ると私と同じ場合はかなりに多いかもしれない。 もしこんな電気屋が栄え、こんな呼び鈴がよく売れるとすると、その責任の半分ぐ・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
出典:青空文庫