・・・クララも月影でその青年を見た。それはコルソの往還を一つへだてたすぐ向うに住むベルナルドーネ家のフランシスだった。華美を極めた晴着の上に定紋をうった蝦茶のマントを着て、飲み仲間の主権者たる事を現わす笏を右手に握った様子は、ほかの青年たちにまさ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 玄武寺の頂なる砥のごとき巌の面へ、月影が颯とさした。―― 泉鏡花 「海の使者」
・・・あの低い松の枝の地紙形に翳蔽える葉の裏に、葦簀を掛けて、掘抜に繞らした中を、美しい清水は、松影に揺れ動いて、日盛にも白銀の月影をこぼして溢るるのを、広い水槽でうけて、その中に、真桑瓜、西瓜、桃、李の実を冷して売る。…… 名代である。・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ するすると早や絹地を、たちまち、水晶の五輪塔を、月影の梨の花が包んだような、扉に白く絵の姿を半ば映した。「そりゃ、いけなかろう、お妻さん。」 鴾の作品の扱い方をとがめたのではない、お妻の迷をいたわって、悟そうとしたのである。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 流の処に、浅葱の手絡が、時ならず、雲から射す、濃い月影のようにちらちらして、黒髪のおくれ毛がはらはらとかかる、鼻筋のすっと通った横顔が仄見えて、白い拭布がひらりと動いた。「織坊。」 と父が呼んだ。「あい。」 ばたばたと・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・冷いが、時めくばかり、優しさが頬に触れる袖の上に、月影のような青地の帯の輝くのを見つつ、心も空に山路を辿った。やがて皆、谷々、峰々に散って蕈を求めた。かよわいその人の、一人、毛氈に端坐して、城の見ゆる町を遥に、開いた丘に、少しのぼせて、羽織・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・に、観音の緑髪、朱唇、白衣、白木彫の、み姿の、片扉金具の抜けて、自から開いた廚子から拝されて、誰が捧げたか、花瓶の雪の卯の花が、そのまま、御袖、裳に紛いつつ、銑吉が参らせた蝋燭の灯に、格天井を漏る昼の月影のごとく、ちらちらと薄青く、また金色・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 前夜、福井に一泊して、その朝六つ橋、麻生津を、まだ山かつらに月影を結ぶ頃、霧の中を俥で過ぎて、九時頃武生に着いたのであった。――誰もいう……此処は水の美しい、女のきれいな処である。柳屋の柳の陰に、門走る谿河の流に立つ姿は、まだ朝霧をそ・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・――賢人の釣を垂れしは、厳陵瀬の河の水。月影ながらもる夏は、山田の筧の水とかや。――…… 十一 翌日の午後の公園は、炎天の下に雲よりは早く黒くなって人が湧いた。煉瓦を羽蟻で包んだような凄じ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・船か雁か、※かいつぶりか、ふとそれが月影に浮ぶお澄の、眉の下の黒子に似ていた。 冷える、冷い……女に遁げられた男はすぐに一すくみに寒くなった。一人で、蟻が冬籠に貯えたような件のその一銚子。――誰に習っていつ覚えた遣繰だか、小皿の小鳥に紙・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
出典:青空文庫