・・・例の椀大のブリキ製の杯、というよりか常は汁椀に使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴を取り出して俗歌の曲を唄いかつ弾き、ある者は四竹でアメリカマーチの調子に浮かれ、ある者は悲壮な声を張り上げてロングサインを歌っている、中に・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・幾らか綺麗な若いものは三味線よりも月琴を持って流行唄をうたって歩いた。そうして目明が多くなった。お石は来なかった。それっきり来なくなったのである。太十は落胆した。迷惑したのは家族のものであった。太十は独でぶつぶついって当り散した。村の者の目・・・ 長塚節 「太十と其犬」
上 日清戦争が始まった。「支那も昔は聖賢の教ありつる国」で、孔孟の生れた中華であったが、今は暴逆無道の野蛮国であるから、よろしく膺懲すべしという歌が流行った。月琴の師匠の家へ石が投げられた、明笛を吹く青年等は非国民として擲られた・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
出典:青空文庫