・・・折から風の音だもあらず、有明の燈影いと幽に、ミリヤアドが目に光さしたり。「秀さんのこと思わないで、勉強して、ね、上杉さん。」 予は伏沈みぬ。「かわいそう、かわいそうですけれども、私、こんな、こんな、病気になりました。仕方がない、・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・試みに俳諧連句にしてみると朝霧やパリは眠りのまださめず 河岸のベンチのぬれてやや寒有明の月に薪を取り込んで あちらこちらに窓あける音とでもいったような趣がある。「イズンティット・ロマンティク」の歌の連・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・円かなる夢百里の外に飛んで眼覚むれば有明の絹燈蚊帳の外に朧に、時計を見れば早や五時なり。手洗い口すゝぎなどするうち空ほの/″\と明けはなれたるが昨夜の雨の名残まだ晴れやらず、蚊帳をまくる風しめっぽきも心悪からず。膳に向かえば大野味噌汁。秋琴・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・蚊遣の烟になお更薄暗く思われる有明の灯影に、打水の乾かぬ小庭を眺め、隣の二階の三味線を簾越しに聴く心持……東京という町の生活を最も美しくさせるものは夏であろう。一帯に熱帯風な日本の生活が、最も活々として心持よく、決して他人種の生活に見られぬ・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ いつぞや中央公論新年号に出た日夏耿之介氏の明治詩史中、蒲原有明に対する評とともに、忘れ難い印象だ。「有明は自己の渋晦さをより明に意識しようとはせず、評言に動かされ、渋晦ならざらんとしたところに彼の破滅があった」と。・・・ 宮本百合子 「無題(五)」
・・・井の底にくぐり入って死んだのは、忠利が愛していた有明、明石という二羽の鷹であった。そのことがわかったとき、人々の間に、「それではお鷹も殉死したのか」とささやく声が聞えた。それは殿様がお隠れになった当日から一昨日までに殉死した家臣が十余人あっ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫