・・・しかして暗は無限大であって明は有限である。暗はいっさいであって明は微分である。悲観する人はここに至って自棄する。微分を知っていっさいを知らざれば知るもなんのかいあらんやと言って学問をあざけり学者をののしる。 人間とは一つの微分である。し・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・ 絵画が或る有限の距離に有限な「完成」の目標を認めて進んでいた時代はもう過ぎ去ったと私は思う。今の絵画の標的は無限の距離に退いてしまった。無限に対しては一里も千里も価値は大して変らない。このような時代に当って「完成の度」に代って作品の価・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・よしやそれほど簡単な場合でなくとも、有限な個体の間に有限な関係があるだけの宇宙ならば、万象はいつかは昔時の状態そのままに復帰して、少なくも吾人のいわゆる物理的世界が若返る事は可能である。このような世界の「時」では、未来の果ては過去につながっ・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・ 有限な語彙の限定は形式の限定と同様往々俳句というものの活動の天地を限定するかのような錯覚を起こさせる。近ごろいろいろの無定形無季題短詩の試みがあるのは多くはこの錯覚によるのではないかと想像される。しかし人間と化合した有機的の「春雨」「・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 昔の詩人ルクレチウスは、物質の原子はちょうどアルファベットのようなもので、種々な言語が有限なアルファベットの組み合わせによって生ずるごとく、各種の物質がこれら原子の各種の組み合わせによって生ずると書き残したが、この考えは近世になって化・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・前記の浴室より、もう少し左上に当たる崖の上に貸し別荘があって、その明け放した座敷の電燈が急に点火するときにそれをこっちのベランダで見ると、時によっては、一道の光帯が有限な速度で横に流出するように見えることがある。これはたぶんまつ毛のためやま・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・これがある物に作用した時にこれが有限な加速度をもって運動すれば、その物はすなわち物質で質量を具えていると云う。その質量の大小は同じ力の働いた時の加速度に比例すると考えるのである。否むしろかくのごとき方則に従って力に反応する物を物質と名づける・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・この二つの場合に何ゆえに対称的な同心円形が現われないで有限数の放射線が現われるか。これは今のところ不思議だと言っておくよりほかにしかたがない。 金米糖を作るときに何ゆえにあのような角が出るか。角の数が何で定まるか、これも未知の問題である・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・宇宙間無限の物象の影響を受けている身辺の現象について如何にして有限な言葉をもって何事かを云い表わす事が出来るであろうか。いわんや無限無窮の空間と時とに通じて普遍的な方則などというものが如何にして可能であろうか。 これは必ずしもパラドック・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・換言すれば有限な数の言語で説明し尽さるべき性質の概念である。漫画家の言語たる線や点や色はこれに反して多次的な無限の「連続」を形成するものである。それで漫画家は言語では到底表わす事の出来ない観念の表現をするための利器を持っている。その利器の使・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
出典:青空文庫