・・・一二の松も影を籠めて、袴は霧に乗るように、三密の声は朗らかに且つ陰々として、月清く、風白し。化鳥の調の冴えがある。「ああ、婦人だ。……鷺流ですか。」 私がひそかに聞いたのに、「さあ。」 一言いったきり、一樹が熟と凝視めて、見・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ かれらは朗らかに笑いました。内気の娘は、その後も、浜辺にきて、じっと沖の方をながめて、いまだに帰ってこない、若者の身の上を案じていました。しかし、何人も、彼女の苦しい胸のうちを知るものがなかったのです。北国の三月は、まだ雪や、あられが・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・ いかなる場合にも、自からを偽ることなく、朗らかな気持になって、勇ましく、信ずるところに進んでこそ、人間の幸福は感ぜらるゝ。しかるに矛盾に生き、相愛さなければならぬと知りながら、日々、陰鬱なる闘争を余儀なくさせられるのは、抑も、誰の意志・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・ 二人の少年は、月の光を浴びて、朗らかに笑いました。 小川未明 「少年と秋の日」
・・・――そんな老人が朗らかにそう言い捨てたまま峻の脇を歩いて行った。言っておいてこちらを振り向くでもなく、眼はやはり遠い眺望へ向けたままで、さもやれやれといったふうに石垣のはなのベンチへ腰をかけた。―― 町を外れてまだ二里ほどの間は平坦な緑・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・言葉すくなき彼はこのごろよりいよいよ言葉すくなくなりつ、笑うことも稀に、櫓こぐにも酒の勢いならでは歌わず、醍醐の入江を夕月の光砕きつつ朗らかに歌う声さえ哀れをそめたり、こは聞くものの心にや、あらず、妻失いしことは元気よかりし彼が心をなかば砕・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・徳二郎はいつもの朗らかな声に引きかえ、この夜は小声で歌いながら静かに櫓をこいでいる。潮の落ちた時は沼とも思わるる入り江が高潮と月の光とでまるで様子が変わり、僕にはいつも見慣れた泥臭い入り江のような気がしなかった。南は山影暗くさかしまに映り、・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・あわあわしい白ら雲が空ら一面に棚引くかと思うと、フトまたあちこち瞬く間雲切れがして、むりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧し気にみえる人の眼のごとくに朗らかに晴れた蒼空がのぞかれた。自分は座して、四顧して、そして耳を傾けていた。木の葉が頭・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・青年たちがみな健康な、朗らかな、感覚的で多少茶目なところのある娘たちを要求すれば、そうした娘たちがあらわれてくる。娘たちが逞しく、しかし渋みがあって、少し憂鬱な青年を好めばそうした青年が本当にあらわれてくる。かようにしてクローデット・コルベ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・やはり自然に率直に朗らかに「求めよさらば与えられん」という態度で立ち向かうことをすすめたい。 けれども有限なる人生において、事実は叢雲が待ちかまえているのは避けられないことを知る以上、対人関係はつつましく運命を畏む心で行なわれねばならな・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
出典:青空文庫