・・・私、小学生のころ、学芸大会に、鎌倉名所の朗読したことがございまして、その折、練習に練習を重ねて、ほとんど諳誦できるくらいになってしまいました。七里ヶ浜の磯づたい、という、あの文章です。きっと子供ながら、その風景にあこがれ、それがしみついて離・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・という題の若々しく乱暴な詩は、最も彼の現在の恋の心にぴったりと来たのだそうで、彼は森ちゃんに命じて何度も何度も繰りかえして朗読させたものである。 嵐の中にこそ、平穏、……。あらしの中にこそ、……。 鶴は、スズメを相手に、豆ランプの光・・・ 太宰治 「犯人」
・・・末弟、長女、次男、次女、おのおの工夫に富んだ朗読法でもって読み終り、最後に長兄は、憂国の熱弁のような悲痛な口調で読み上げた。次男は、噴き出したいのを怺えていたが、ついに怺えかねて、廊下へ逃げ出した。次女は、長男の文才を軽蔑し果てたというよう・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・のつづきを朗読するのはいつも高浜さんであったが、先生は時々はなはだきまりの悪そうな顔をして、かたくなって朗読を聞いていたこともあったようである。 自分が学校で古いフィロソフィカル・マガジンを見ていたらレヴェレンド・ハウトンという人の「首・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・たとえば幕が落ちる途中でちょっと一時何かに引っかかったが、すぐに自然にはずれて首尾よく落ちる、その時の幕の形や運動の模様だとか、また式辞を朗読する老紳士の白髪の一束が風に逆立つ光景とか、そういう零細な事象までがことごとくこくめいに記録される・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・の勝手なページをあけては朗読の押し売りをしたが、父のほうではいっこう感心してくれなかった。たとえば古井戸をのぞけばわっと鳴く蚊かな 杜昌といったような句でも、当時の自分には、いくら説明したくても説明のできない幻想の泉とな・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ わたしはいかなる断篇たりともその稿を脱すれば、必亡友井上唖々子を招き、拙稿を朗読して子の批評を聴くことにしていた。これはわたしがまだ文壇に出ない時分からの習慣である。 唖々子は弱冠の頃式亭三馬の作と斎藤緑雨の文とを愛読し、他日二家・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・案内者は朗読的にここまで述べて余を顧りみた。真丸な顔の底に笑の影が見える。余は無言のままうなずく。 カーライルは何のためにこの天に近き一室の経営に苦心したか。彼は彼の文章の示すごとく電光的の人であった。彼の癇癖は彼の身辺を囲繞して無遠慮・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 今、詩が朗読されはじめた。「俺は、今日はじめてこの研究会へ出たんだが……」 そう云ってその黒い捲毛の青年労働者が手の中に円めている紙をひねくったら、タラソフ・ロディオーノフが「いよいよ結構じゃないか! さあ、聴こう!」と陽・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・詩の朗読会、作品朗読会はモスクワなどでは一週間に一度ぐらいずつの割合できっとどこかのクラブで催されている。 職場の壁新聞・工場新聞は、三十万人の労働通信員、農村通信員に意見発表の機会を与えているばかりではない。やっと二年前に文字を書くこ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫