・・・そして、並んで歩いてる人から望遠鏡を借りて前の方を見たんだがね、二十里も前の方にニコライの屋根の尖端が三つばかり見えたよ』『アッハハハ』『行っても、行っても、青い壁だ。行っても、行っても、青い壁だ。何処まで行っても青い壁だ。君、何処・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・また鏡で反射させた風景へ望遠鏡を持って行って、望遠鏡の効果があるものかどうかということを、吉田はだいぶんながい間寝床のなかで考えたりした。大丈夫だと吉田は思ったので、望遠鏡を持って来させて鏡を重ねて覗いて見るとやはり大丈夫だった。 ある・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「どんなふうにって、そうだな、たとえば遠くの人を望遠鏡で見るでしょう。すると遠くでわからなかったその人の身体つきや表情が見えて、その人がいまどんなことを考えているかどんな感情に支配されているかというようなことまでが眼鏡のなかへは入って来・・・ 梶井基次郎 「闇の書」
・・・巻尺を引っ張り、三本の脚の上にのせた、望遠鏡のような測量機でペンキ塗りのボンデンをのぞき、地図に何かを書きつけて、叫んでいた。 英語の記号と、番号のはいった四角の杭が次々に、麦畑の中へ打たれて行った。 麦を踏み折られて、ぶつ/\小言・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・私は兵隊さんの小説を読んで、内地の「戦争を望遠鏡で見ただけで戦争を書いている人たち」に、がまんならぬ憎悪を感じた。君たちの、いい気な文学が、無垢な兵隊さんたちの、「ものを見る眼」を破壊させた。これは、内地の文学者たちだけに言える言葉であって・・・ 太宰治 「鴎」
・・・濯している、くるしい娘さんが、いま、いるのだ、それから、パリイの裏町の汚いアパアトの廊下で、やはり私と同じとしの娘さんが、ひとりでこっそりお洗濯して、このお月様に笑いかけた、とちっとも疑うところなく、望遠鏡でほんとに見とどけてしまったように・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・生きているのか、死んでいるのか、わからぬような、白昼の夢を見ているような、なんだか頼りない気持になって、駅前の、人の往来の有様も、望遠鏡を逆に覗いたみたいに、小さく遠く思われて、世界がシンとなってしまうのです。ああ、私はいったい、何を待って・・・ 太宰治 「待つ」
・・・学生時代に夜更けて天文の観測をやらされた時など、暦表を繰って手頃な星を選み出し、望遠鏡の度盛を合わせておいて、クロノメーターの刻音を数えながら目的の星が視野に這入って来るのを待っている、その際どい一、二分間を盗んで吸付ける一服は、ことに凍る・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 学生の時分に天文観測の実習をやった。望遠鏡の焦点面に平行に張られた五本の蜘蛛の糸を横ぎって進行する星の光像を目で追跡すると同時に耳でクロノメーターの刻音を数える。そうして星がちょうど糸を通過する瞬間を頭の中の時のテープに突き止めるので・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・頂上の測候所へ行って案内を頼むと水兵が望遠鏡をわきの下へはさんで出て来ていろいろな器械や午砲の装薬まで見せてくれる、一シリングやったら握手をした。…… 夕飯後に甲板へ出て見るとまっ黒なホンコンの山にはふもとから頂上へかけていろいろの灯が・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫