・・・僕のような朝寝坊の所へ、今時分電話をかけるのは残酷だよ。」――泰さんは実際まだ眠むそうな声で、こう苦情を申し立てましたが、新蔵はそれには返事もしないで、「僕はね、昨日の電話の一件があって以来、とても便々と家にゃいられないからね。これからすぐ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・たいてい私は八時前に起床するのだが、大隅君のお相手をして少し朝寝坊したのだ。大隅君は、なかなか起きない。十時頃、私は私の蒲団だけさきに畳む事にした。大隅君は、私のどたばた働く姿を寝ながら横目で見て、「君は、めっきり尻の軽い男になったな。・・・ 太宰治 「佳日」
・・・いつもの朝寝坊が、けさに限って、こんなに早くからお目覚めになっているとは、不思議である。芸術家というものは、勘の強いものだそうだから、何か虫の知らせとでもいうものがあったのかも知れない。すこし感心する。けれども、それからたいへんまずい事をお・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・伯父への御恩返しも、こんな私の我儘のために、かえってマイナスになったようでしたが、もはや、私には精魂こめて働く気などは少しもなく、その翌る日には、ひどく朝寝坊をして、そうしてぼんやり私の受持の窓口に坐り、あくびばかりして、たいていの仕事は、・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・わたしは朝寝坊夢楽という落語家の弟子となり夢之助と名乗って前座をつとめ、毎月師匠の持席の変るごとに、引幕を萌黄の大風呂敷に包んで背負って歩いた。明治三十一、二年の頃のことなので、まだ電車はなかった。 当時のわたしを知っているものは井上唖・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・御前は朝寝坊だ、朝寝坊だからむやみに食うのだと判断されては誰も心服するものはない。枡を持ち出して、反物の尺を取ってやるから、さあ持って来いと号令を下したって誰も号令に応ずるものはありません。寒暖計を眺めて、どうもあの山の高さはよほどあるよと・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・と云って開けて遣りそうだと云うので、結局夜光りの朝寝坊の私が夜番をする事になった。「ああいいともいいとも私が居りゃ泥棒だって敬遠して仕舞うさ。などと云いながら、少し夜が更けると、皆の暑がるのもかまわず、すっかり戸を閉・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫