・・・利子の期限云々とむろん慾にかかって執拗にすすめられたが、お君は、ただ気の毒そうに、「私にはどうでもええことでっさかい。それになんでんねん……」 電車会社の慰謝金はなぜか百円そこそこの零砕な金一封で、その大半は暇をとることになった見習・・・ 織田作之助 「雨」
・・・「ハア、あの五週間の欠勤届の期限が最早きれたから何とか為さらないと善けないッて、平岡さんが、是非今日私に貴姉のことを聞いて呉れろッて、……明朝は私が午前出だもんだから……」「成程そうですねェ、真実に私は困まッちまッたねエ、五週間! ・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・とみは、ことしの秋になると、いまの会社との契約の期限が切れる、もうことし二十六にもなるし、この機会に役者をよそうと思う。田舎の老父母は、はじめからとみをあきらめ、東京のとみのところに来るように、いくら言ってやっても、田舎のわずかばかりの田畑・・・ 太宰治 「花燭」
・・・の世で百年後の心配をするものがあるとしたらおそらくは地震学者ぐらいのものであろう。国民自身も今のようなスピード時代では到底百年後の子孫の安否まで考える暇がなさそうである。しかしそのいわゆる「百年後」の期限が「いつからの百年」であるか、事によ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・しかしランプの方の保存期限が心の一本の寿命よりも短いのだとすると心細い。 このランプに比べてみると、実際アメリカ出来の台所用ランプはよく出来ている。粗末なようでも、急所がしっかりしている。すべてが使用の目的を明確に眼前に置いて設計され製・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・それを話しながらも、また話したあとでも、私の頭の奥のほうで、現代文明の生んだあらゆる施設の保存期限が経過した後に起こるべき種々な困難がぼんやり意識されていた。これは昔天が落ちて来はしないかと心配した杞の国の人の取り越し苦労とはちがって、あま・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・いわゆる颱風なるものが三十年五十年、すなわち日本家屋の保存期限と同じ程度の年数をへだてて襲来するのだったら結果は同様であろう。 夜というものが二十四時間ごとに繰返されるからよいが、約五十年に一度、しかも不定期に突然に夜が廻り合せてくるの・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・内地でもいつかはこの種の建築物の保存期限が切れるであろうが、そうした時の始末が取り越し苦労の種にはなりうるであろう。コンクリート造りといえども長い将来の間にまだ幾多の風土的な試練を経た上で、はじめてこの国土に根をおろすことになるであろう。試・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ うっかりしている間に学年試験が目の前に来ていたり、借金の返済期限がさし迫っていたりする。 眠っているような植物の細胞の内部に、ひそかにしかし確実に進行している春の準備を考えるとなんだか恐ろしいような気もする。 ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・路を扼する侍は武士の名を藉る山賊の様なものである。期限は三十日、傍の木立に吾旗を翻えし、喇叭を吹いて人や来ると待つ。今日も待ち明日も待ち明後日も待つ。五六三十日の期が満つるまでは必ず待つ。時には我意中の美人と共に待つ事もある。通り掛りの上臈・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫