・・・薄白い路の左右には、梢から垂れた榕樹の枝に、肉の厚い葉が光っている、――その木の間に点々と、笹葺きの屋根を並べたのが、この島の土人の家なのです。が、そう云う家の中に、赤々と竈の火が見えたり、珍らしい人影が見えたりすると、とにかく村里へ来たと・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・は、かくわが耳に囁きて、薄暮の空をふり仰ぐよと見えしが、その姿たちまち霧の如くうすくなりて、淡薄たる秋花の木の間に、消ゆるともなく消え去り了んぬ。われ、即ち惶として伴天連の許に走り、「るしへる」が言を以てこれに語りたれど、無智の伴天連、反っ・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ 半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木の間から影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦の花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いている・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・左右の岸は新緑の光に輝き、仰げば梢と梢との間には大空澄みて蒼く高く、林の奥は日の光届きかねたれど、木の間木の間よりもるる光はさまざまの花を染め出だし、涼しき風の枝より枝にわたるごとに青き光と黒き影は幾千万となき珠玉の入り乱れたらんごとく、岸・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・雀の群が灌木の間をにぎやかに囀り、嬉々としてとびまわった。 鉄橋を渡って行く軍用列車の轟きまでが、のびのびとしてきたようだ。 積っていた雪は解け、雨垂れが、絶えず、快い音をたてて樋を流れる。 吉永の中隊は、イイシに分遣されていた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・樹木の間から白壁だの教室の窓などが見えるところだ。高瀬は谷を廻って、いくらか勾配のある耕地のところで先生と一緒に成った。「ここへは燕麦を作って見ました。私共の畠は学校の小使が作ってます」 先生はその石の多い耕地を指して見せた。 ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・枯々としたマロニエの並木の間に冬が来ても青々として枯れずに居る草地の眺めばかりは、特別な冬景色ではあったけれども、あの灰色な深い静寂なシャンヌの「冬」の色調こそ彼地の自然にはふさわしいものであった。 久しぶりで東京の郊外に冬籠りした。冬・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・鈍い、悲しげな、黒い一団をなして、男等は並木の間を歩いている。一方には音もなくどこか不思議な底の方から出て来るような河がある。一方には果もない雪の原がある。男等の一人で、足の長い、髯の褐色なのが、重くろしい靴を上げて材木をこづいた。鴉のやは・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・と言ってまごまごしながら、その木の間をむりやりにくぐりぬけようともがきました。王子と三人の家来とは、そのひまに、王女をつれて一しょうけんめいににげのびました。 みんなはしばらく、かけつづけにかけた後、やっと安心して一と休みしました。王子・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・ と黒鳥の歌が松の木の間で聞こえるとともに馬どもはてんでんばらばらにどこかに行ってしまって、四囲は元の静けさにかえりました。 そこで二人は第二の門を通ってまたかきがねをかけました。 その先には作物を作らずに休ませておく畑があって・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫